第153期 #14

カフカフ

 羊のように毛がおおっていて頭がついている動物である。走り回ったり吠えたりすることもないので実に退屈な動物だが、エサはあまり食べないし、従順で、子どもにも飼うことができる。そして時折、肺に穴が開いたような声でカフカフと私へ訴えてくることがあったので、私はよくそいつの頭をなでてやったものだ。
 しかし近所の人はその動物のことをあまり快く思っておらず、そいつを庭で飼い始めてからしばらくすると、挨拶をしても苦笑いしか返ってこなくなった。その理由は、初め羊ぐらいの大きさしかなかったそいつが、半年後には象ぐらいの大きさになってしまったことにある。このままでは庭に収まりきらないばかりか、いずれ近所にも迷惑がかかるだろうと推測できた。

 私が引っ越しを考えたのは、そいつが鯨ぐらいの大きさになった頃である。そいつが申し訳なさそうにカフカフと訴えてきたので、私はそいつの頭をなでてやったあと荷造りを始めた。そしていざ出発という日になると、突然近所のお婆さんが声をかけてきて「なんだか追い出すようなことになってごめんね」と言いながら私に餞別をくれた。

 それから何日もかけて引っ越し先の草原へ辿り着くと、私は棒のように倒れてしまった。その動物の体はさらに野球場ぐらいの大きさになっていたが、この広い草原なら誰にも迷惑はかからないし、そいつがいくら大きくなっても構わないと思った。

 私は小川の近くに小屋を建てて暮らしたが、そいつも勝手に生きているようだった。あまりにも大きくなりすぎてしまったために以前のように世話ができなくなったし、頭は膨張した毛の中に埋もれてしまった。そいつが千メートル級の山ぐらいの大きさになった頃には、すでにそいつの体には草や木が生え、川も流れていた。私の小屋は山の一部に取り込まれ、かつての草原もその姿を失っていた。いったいどこまで大きくなるつもりだろうと私は不安になっていたが、あるとき大きな地震が起きたあと山は少しづつ高さを失い、今度は水平方向にどこまでも広がっていった。

 やがて平地になった場所に人々が移住してきて、農耕をはじめたり村や国を作りはじめた。
 私は森の中で暮らしていたのだが、あるとき国の役人が訪ねてきて国民になれと言ってきた。しかし私が拒否すると数日後に軍隊が森を取り囲んだ。

 私は軍隊に向かって両手を挙げながら空を仰いでいた。
 あいつはきっと殺して欲しかったのだろうと。



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