第153期 #11

ハウ・トウー・ボーーン


本が売れない時代である。小説を読む人口もかなり減っているそうだ。リアリティのない作り話である「物語」も、セキララな自分語りの「私小説」も、今ではインターネッツの普及によって潰されたといったら言いすぎだろうか。みんなが自分の恋愛問題や、性欲、借金などのゴシップをときには映像つき文章で無料公開している。今でも小説に力はあるのだろうか。

「1週間で1流になる」

小説が売れない一方で、「どうすれば金持ちになれるか」といった類の本は比較的人気があるらしい。代介が買った本もそうだった。その本の題名は「ゴミ人間から脱出する」。代介は28歳。独身で、最近職場で契約の仕事をうちきられたばかりだ。都会の人混みのなかにいると「人ゴミ」という語感がぐわんぐわん、鳴り響くのだった。ゴミとは俺のことだ、と思ったのである。

実際に代介の部屋は汚かった。帰ってもしかたがないが、街にも居場所がない。水の流れに従うように本屋に吸込まれた代介は、最初「1週間で1流になる」という本を手に取ろうとした。けれど、つかのま自分の靴をながめてみてひっこめた。「ゴミ人間から脱出する」が自分にはちょうどよく思えたのである。

本は0章と書かれたところ以外は各章ごとに袋とじ形式になっている。

「一冊の本と出会うにも無限にちかい偶然の連鎖を必要とします。あなたは残念ながらゴミ人間なのです。なぜならあなたの潜在意識がその事実を認めてこの本を手に取ったのだから。話は簡単です。ゴミは捨てましょう。まずはしがらみを捨ててください。今すぐ全財産をかきあつめて、この本と夏目漱石の『こころ』、ミネラルウォーターを6リットル買ってから清潔なビジネスホテルのシングルルームを3泊予約してください。それでは次章でお会いしましょう」

代介は言われるとおりにした。指令があるということが嬉しかったのである。一泊2500円の格安ホテルを3泊分、水と本を買っても1万円でおさまった。早速ホテルの部屋で、フロントからかりたハサミをつかって1章を開いてみると、これから3日間、水だけですごし、意識があるかぎり漱石の『こころ』を音読しなさい、テレビも電話も触ってはいけませんと書いてある。部屋から出てもいけない。

代介は「やってみるか俺はゴミなんだから」と呟いた。理由も考えず、無心で漱石を朗読していると喉がかわいた。水を飲んだ。ひたすら音読していくなんて28年間ではじめてだった。



Copyright © 2015 宇加谷 研一郎 / 編集: 短編