第152期 #3

消えた双子の物語

 その街には大きな公園がある。スポットごとに白板があり、市民のために開放されている。イベントや催し物の開催を告げる掲示が、その白板の至る所に貼付されている。あるいは、ペンで所狭しと告知が書かれている。
 その隙間にいつのころからかわからないが、物語が書き記されるようになった。それは、つながりあって、労りあいながら、ひっそりと生きる双子の物語。かれらは同じように生活し、同じように喜びと痛みを感じ、それを同じように分かち合う。
 物語はどこからどう読んでもかまわない。どの順番で読むのが正しいのかは誰にもわからない。ある者はそれを愛の物語だと言う。ある者はそれを残酷な物語だと言う。ある者はそれを神から愛されているふたりの物語だと言う。ある者はそれを虐げられたふたりの物語だと言う。そのすべてが誤りではなく、正しくもない。物語は日々書き換えられる。
 ある日、その物語に番号が付された。人びとは「正しい」物語を読むために、こぞって公園を訪れた。けれども、その番号はあまりにもランダムで、それまでそのとおりに読んでいた人間はただのひとりもいなかった。番号の順番に読み進めても、なにがしかのストーリーが見えてくるわけではなかった。
 人びとは嘆息した。あるいは、怒った。我われは騙されたのだと。ありうべきストーリーは我われのなかにあるのであり、付された番号はでたらめなのだと。
 そうして、人びとはその「落書き」を消した。番号だけではなく、物語そのものを消し去った。双子の足跡はそこで止まり、人びとの記憶からも消えていった。
 真夜中の公園に、ペンを持った双子が現れる。かれらはつながりあい、支えあい、歩きにくい姿態でよろよろと歩を進める。そうしてかれらは知る。かれらの物語が終わったことを。かれらは街を去る。その姿を見た者は誰もおらず、かれらがどこに行ったのかを知る者も誰もいない。
 ある日、物語が書き継がれる。それは、つながりあい、傷つけあいながら日々を生きる、哀しい双子の物語だ。人びとはそれを見て笑う。そして即座にその「落書き」を消す。
 双子の存在を信じる者は、この街にはただのひとりもいない。



Copyright © 2015 たなかなつみ / 編集: 短編