第152期 #14

キジトラ

眩しかった。
開いたばかりの目に刺さる光、耳にはなうなうと無数の鳴き声。
暖かい毛玉のかたまりの中に自分はいた。
新緑の季節だ。

バタンと扉の閉まる音がして車が去ったあと、自分と白い毛玉の2匹だけがいた。
早朝の田んぼのあぜ道。
しばらくすると女の子が向こう側からかけてくる。
自分と白いのを見つけて目を丸くした。
息を切らしながら屈み、おそるおそる伸ばす手で頭をなでられたので喉を鳴らしてみる。
女の子は穴の空きそうなほど自分たちを見つめていたが、学校、と呟くと去って行った。

日が真上を過ぎた頃、雲が出てきて雨が降り始めた。
まだしっかり歩けない白いのが、よちよちと転がり、あぜ道の溝に落ちた。自分も落ちた。白いのはどろでよごれて茶色くなり、キジトラの自分は黒くなった。なうなうと鳴いた。
日が落ちる頃、薄暗い中でなうなうと鳴いていた茶色くなった白いのが、誰かに抱き上げられて去って行った。黒くなった自分はおいて行かれた。
あたりが闇に包まれた頃、なうなうとまた鳴いてみた。誰かがばしゃりと溝に入ってきて、自分を抱き上げた。朝の女の子だった。
思い詰めたような目をして自分をタオルでくるむと、そっと鞄の中に入れた。

あれからどのくらいたっただろうか。
ふかふかだった自慢の毛並はボロ雑巾のように艶をなくし、目は物の形をとらえるのが難しくなった。水の匂いも最近感じにくい。
後ろ足は曲がりにくくなり立ち上がるのもやっとで、トイレに間に合わなくなってきた。
それでも女の子であった女性とその家族は毎日自分を撫で、話しかけ、トイレまで抱き上げて連れて行く。

爪を研いではげた畳の上に、何度も洗濯を繰り返し柔らかくなった古い毛布が敷かれていて、その上で丸くなる。
よじ登って穴だらけの網戸からの風が心地よい。
粗相をしてシミになった絨毯の上に影が伸びる。
暖かい日差しの中でのうたた寝。
眩しい。
また、新緑の季節がやってきた。
あの暖かい毛玉のかたまりにいた頃を思い出す。
次に目を閉じたら、またあの中に戻れる気がした。
そしてまた、あのあぜ道が目の前に広がるような。
女の子であった女性が、そっと頭を撫でてくる。
ごろりと喉を鳴らし、なうと鳴いた。



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