第151期 #8
「よしおさん、ご無沙汰です」
「何さ」
「この間の密室殺人ですけどね」
「容疑者がたくさんいるやつ?」
「そうそう。犯人まだ分からなくて困っちゃって。ダイイングメッセージは見つかったんですけど」
「そんなのあったっけ」
「被害者の右手の辺りに、血の乾き具合が違う血だまりがあって、鑑識にかけたら血だまりの下に血文字が」
「血ッ血うるさいね。なんて書いてあったの?」
「字はぐちゃっとしてますけど、『ιXN』ですかね。これ現場の写真です」
「なんて読むの?」
「いやそれが解ってたらここ来ませんよ」
「そりゃそうね。えーと、容疑者の有力なのの名前を教えて」
「被害者の弟の文夫、養子の久実、妻の糸代あたりっすね」
「あ、その人」
「はい?」
「糸代さんが犯人じゃないの」
「なんでまた」
「この『ιXN』って、多分アラビア数字のつもりだったんでしょ。だから『?T?]?W』で『い(一)と(十)よ(四)』の語呂合わせなんじゃないの。他にイトシとかヒトシとかいればそっちかもしれないけど」
「なるほど。でもなんでアラビア数字?」
「知らんよ。でも最初は普通に「いとよ」って書こうとしたんじゃないの。この『ι』とか『い』の書き出しって感じ。でも犯人が入ってきたら消されるかもって思って、途中で暗号にしたとか」
「被害者が逃げ込んだ部屋は中から閉鎖できる場所だったんで、犯人も入ってはこれなかったですけどね」
「結果論でしょ」
「ふむ―。ん? でも被害者は結局その暗号消したんですよ」
「犯人の隠蔽工作とかじゃないの?」
「いや、被害者が生きてる間に自分で消したのは間違いないですよ」
「どんな怪我してたんだっけ」
「助かることはないけど、死ぬまでにちょっと時間のかかる怪我ですね」
「犯人の名前を残そうとして、そのあと気が変わって、名前を暗号にして、また気が変わって暗号ごと消した。で、彼は死んだ」
「なんでそんなことしたんでしょう」
「犯人を教えたくなくなったんじゃないの」
「気が変わって? そんなことあります?」
「君が答えを知らないものを、僕が知ってどうするのさ」
「ああ、そうですね。後はこちらで調べておきます。じゃあ、どうも。また」
「次は手土産くらい持ってくるんだよ。捜査情報を迂闊に漏らしてさぁ」
「次は花でも差し入れますよ。ま、よしおさんと瞬きだけでここまで意思疏通ができるのは僕だけですから」
そして刑事は病室を去り、あとにはミイラのような病人が残った。