第151期 #15

雨空にお願い

例えば、雨が降ったら必ず次には晴れて虹が出て、そして綺麗な青空を見せてくれる。
そんなものを望んでいたんだと思う。
自然の摂理で必ずこうなる、みたいなもの。
でも、私の今現在目の前にある壁はそんな自然の摂理でなんて壊れてくれないし、何もしなくても何とかなる物じゃないんだ。
灰色の雨を降らす空を見上げて、傘のない状況をどうするべきかと考えてみる。
止むのを待つか、走って帰るか、という選択肢しか出て来ないが。
止まなさそうだぞ。
「あー、やっぱり傘忘れたんだな」
上履きから外靴に履き替えるため、玄関へやってきた彼が私に声をかける。
彼の視線は雨空に向けられていた。
返事をしない私に対して彼は「天気予報は見とけって言ってるだろ」と、まるで母親のようなことを言い出す。
何故帰宅の時間を遅らせたのにも関わらず、彼と会ってしまうんだろうか。
何故彼はこんな時にいるのか。
「……ほら、帰るぞ」
くん、と腕を引かれる。
掴まれた腕が熱くて、そこから中心に体中に熱を巡らせていくような感覚。
片手で器用に傘を閉じていたボタンを外して、ボンッ、と間抜けな音と一緒に傘を開く。
ザァザァと耳障りな雨音が沈黙の中割り込んでくる。
雨音はあるけれど、私達二人の間に会話なんてなくて耳の痛い静けさがあった。
私の腕を掴んでいた手はいつの間にか、私の手の平をすっぽりと収めて強く握っている。
彼は太陽や月のような存在だろう。
どんなに空が曇っていても、雨だとしても、その後ろに待機してちゃんと見ていてくれる。
水溜まりに雨以外の雫が落ちても、誰にもわからない。
でも、彼だけはちゃんと知っている。
私のことを見ていてくれるのだ。
「明日は確か晴れだったわ」
私の手を引きながら彼はそんなことを言う。
ジワジワとした熱が手から胸の辺りに上がっていくのが分かる。
でも、私は何の言葉も返せない。
「俺は今日中に虹が見れたら良かったんだけどな」
返事をしなくても言葉をくれる。
少しだけ、彼の手を握り返せば更に力を込められた。
「……んね。……ありがと」
雨音にかき消される謝罪と届く感謝。
何て都合のいい雨なんだろうと思うが、彼が笑うような気配がして、固まっていたような心の中が更に溶けだした。
雨と一緒に流れる雫は、私の頬を伝って水溜まりと同化していく。
明日は晴れますように、って彼の手を握ってお願いしてみた。



Copyright © 2015 文崎 美生 / 編集: 短編