第151期 #13

ドローイング

 こんな日に自転車を使ったりして、私、なんて馬鹿なんでしょうか。自転車はただの重い塊でしかありません。それで、通りかかったバスに乗せてもらうことにしたんです。バスはバス停でもないのにちゃんと停まります。自転車を持ち込んでも大丈夫です。ただ、そのバスは路線バスではないようです。その証拠にダウン症の子ばかりが乗っていますから。
(あぁ、これは学園のバスですね、アリガトウゴザイマス)
「バスは家の前です。ここで停めて下さい」
「勝手に乗り込んで」
「停めてくれなどとわがまま言いよって」
「代金はいただきますよ」
「計算するから」
 運転手と引率者が交互に私に迫ります。両方とも私より歳上の大人です。私は一万円持っています。なんだかんだ言われても一万円あれば足りるだろうと私は考えています。
「これは夢なのですか?」
 私は聞きました。すると女の引率者が、夢ではないと言います。
(とういうことは、夢なのかしら)
(夢ではないということは、夢なのよ)
 ダウン症の誰かが私を見ています。ほっぺたはマシマロのようです。
(あの子、おっぱい、柔らかいのかしら。マシマロと同じかしら)
 八十万円ですと、引率者は私に領収証を見せます。私にはとても払えません。私はお金がないから警察に突き出してほしいと願い出ようと考えます。それよりも自分で警察に電話した方がいいのかしら。けれど、どう説明すればいいのかしら。バスの運転手がぼったくりだから助けてほしいとでも言えばいいのかしら。払うのはせいぜいガソリン代に少し足した額でしょうし。正当性を主張できる自身はあります。だって、手をあげて停まったのはバスの方です。私が乗ったことに異論を唱えなかったのはバスの方です。
 後席でダウン症の誰かが笑っています。マシマロほっぺさんとは違うようです。つられて私も笑って、それでも少し、銀行に預金はあるから、まずはそれで払って警察か弁護士に相談して、あとからお金を取り戻そうかとも考えます。取りあえずその場から逃れるためによくやるパターンですよね。痴漢はしていないから話せば分かると信じて事務所に連れて行かれる心情に共通するものです。でも私、本当は弁護士を知りません。
 たくし上げて、マシマロほっぺさんを鷲掴みしたら、マシマロほっぺさんは笑っています。これで、私、警察に電話しなくても済みます。



Copyright © 2015 岩西 健治 / 編集: 短編