第151期 #10

真由美、逝きなさい

吉田が営業に日々通う製造メーカーの専門商社「Q8」は総合大学の近くの高層ビルにあった。吉田の事務所から徒歩25分、晴れの日は自転車で通う。その当時は地下鉄もなく、都バスも路線がなく、JRで隣の駅でありながら、電車を乗り継ぎでは30分以上かかる位置で、ほとんど毎日貿易書類を引取りに出向くのである。主たる輸出先は中南米へ機械を輸出している。中南米向けは船が月に2回が横浜から出港する、生産スケジュールでは月末に合わせて製造が決められているため、中旬から下旬にかけて貨物が出来上がり月末の船にめがけて、出荷をするのである。
その船積み担当者が窓口で吉田は顔を出すのであるが、真由美は社内の海外営業部門に属していた。年に何回か飲み会を催すと担当外の若手が飛び入り参加をするのが、常連の真由美であった。時には彼らの社内の同僚が結婚すると、2次会に吉田が誘われることもあった。
とある、金曜日、JR駅近辺で飲み会を始めたが盛り上がり、誰かが新宿二丁目へ行こうと、流れたことがあった。まだその当時1990年代バブル期は派手な店はなく、小さなスナック系の店が多く、知らない人間はどこに入ったらいいか全くわからない。特に女子はなかなか入りずらい趣の店ばかりであった。しかし、一歩入ればそこは、男どもが通う、渋谷や六本木のクラブと同様に女子でも癒される、楽しい飲みの席が完成されていた。
真由美は男好きのする顔だち、大きな瞳にアイドル系のやせ形に甘いねこなで声にどんな男も虜にする天性の魅力を備えていた、女子より男に持てるタイプで、そのうちにおやじ系のギャルと一緒に二丁目の世界に女子のみで踏み入れていたようである。
二丁目初体験の夜、吉田は朝まで歌舞伎町で、飲み明かしなぜか新宿駅までおんぶして送り、家の方向が違うため、別れたが、一緒にいた同方向の同僚の真田は持ち帰り土曜日は夕刻まで一緒だったらしい。
真田と同期の柴山は吉田と同じ街に住んでいたため、土曜の午後など二丁目に同行したことがあったが、開店前から押し掛けたり、楽しい当時のオネエとの接点があった。
柴山は「真田、結婚するらしいぞ」と。相手は真由美でないとの事。しかし、真由美はその後1年して別な同僚と結婚し、海外駐在員の妻となった。
今思えば、当時は景気が良かった。バブルは終わってバブル時代だったと理解できた不思議な時期。20年後の時代は、今を何と言われるのだろう。



Copyright © 2015 Gene Yosh (吉田 仁) / 編集: 短編