第150期 #16

布団

 私だけの話なのか、誰でもそうなのかはわからないが、ある程度の感情は、一度布団で寝ることでリセットがきくものだと思っている。

 例えば、さっきのあいつのあの発言がどうにも気に入らなくてイライラが止まらないとか、そんなことだったなら、一晩布団で寝たら忘れていて、あいつの顔を見てはじめて思い出すか、どうか、という具合である。
 さらに、例えば、
「あの人が好きで、でもとてもじゃないけど自分なんかじゃ釣り合わなくて、どうしようもなくて泣けてくる」
なんて夜も、次の日の朝、目が覚めた私は、なんてこともなく朝食を食べている。イングリッシュマフィンが美味しい。どんなに彼が好きだって、別に一日中苦しいわけではないし、毎晩苦しいわけでもない。何日かに一回、ふっと思いおこして、押しつぶされたところで、気がついたら布団で寝ていて、何事もなく目が覚める。次押しつぶされるのは、一週間後とか、そんなものだ。

 今日は上司に叱られた。自分のミスなのに、まるで誰か他の人が悪かったかのような言い訳をした。「またか」と叱られた。これは自分の癖だった。情けなく思う。自分の癖だとわかっているのにどうにも治せない自分の馬鹿さに呆れ、絶望し、涙が止まらなくなる。上司の顏が思い浮かぶ。苦しい。ふかふかの布団に入って泣く。身動きが取れない。

 そうしているうちに、寝てしまっていた。朝になっていた。
 もう元気になっている。昨日のことなど忘れている。
 全部。



Copyright © 2015 春川寧子 / 編集: 短編