第150期 #14
赤銅色の正義
ちゃり、ちゃり。
妹のことは、昔から大嫌いだった。
あいつは手がつけられないほどのわがままで、キレやすくて、おまけに口喧嘩がべらぼうに強い。ガキの頃は何度も煮え湯を飲まされたもんだ。
ちゃり、ちゃり。
お袋もお袋で、蝶よ花よとばかりにあいつを甘やかし過ぎたのが災いした。早くに親父を亡くして家計が苦しい不自由を、女の子には味わわせたくなかった? 笑わせる。だからあいつは訳もわからず水商売なんかに手を染めたんだ。
必死に勉強して、大学も特待で入って、今や地元の銀行で真面目に働く俺には、大したねぎらいの言葉もないくせに。
ちゃり、ちゃり。
あれほど憎んだのに。死んでしまえばいいとさえ思ったのに。あいつが今日の明け方、服を乱して、青アザをあちこちに作って、泣きじゃくりながら帰って来た時には、流石にぎょっとした。
相手は、ここらじゃ有名な企業の御曹司だったそうだ。奇しくもそこは、俺が勤める銀行の得意先の一つでもあった。写真を撮られて、札を握らされ、脅されたんだとか。
ちゃり。ちゃり。
つくづく、馬鹿らしい。自業自得だ。
だが、なぜだろう。俺は今、ポケットの中で冷たい硬貨を握りしめて、相手の男の後を尾けている。
しっかりと握り込んでいるから音はしないはずなのに、耳ざわりな金属音が止まない。私刑なんてガラじゃないだろ? 職場での地位はどうなる? 妹に立てる義理なんてあるか?
……それでも。
ちゃり、ちゃり、ちゃりん。
「よう。お前、ちょっとツラ貸せや」
「あぁ?」
振り返ったピアスの鼻っ柱に、固めた拳をまっすぐに伸ばす。
パズルのピースがはまるような、将棋の駒が盤に打ちつけられるような音がして、うるさい耳鳴りはそれきり消えた。