第150期 #13
機械から取り外されて横たわる、洗ったミキサーの、透明なガラスと水滴を見ていると、思い出すことがある。
大学を中退した僕は、十二月まで、付き合っていた彼女のアパートで食事を作る代わりに、そこで食事を済ませて、食費を浮かしていた。半同棲していた。
去年の夏の夜、彼女は一人で祭りへ出かけた。僕は晩ご飯を用意して、本を読みながら待っていた。帰ってきた彼女は、透明な水の入った袋を手に持っていた。赤い金魚が一匹、泳いでいた。
リュウキンという言葉で、イメージできるだろうか。膨らんだ体で、尾ひれも体程に大きくて、二枚、後ろから見ると「八」の字になっていて、お尻というか、体を振りながら泳ぐ、金魚。
金魚を入れる為の、ガラス瓶やプラスチックケースがなかった。「これ、これ」と、彼女が指したのがミキサーで、そのミキサーは、彼女がフルーツジュースを作りたいと言って、僕が買ってきた物だった。一回目はりんご、二回目はいちごで試してみたが、僕が買ってきた日にはもう飽きていて、台所の隅に置かれていた。
ミキサーはテーブルの上、彼女が書きっぱなしにしていた、題未定の原稿用紙の上に置かれた。金魚は窮屈とも言わず、透明な筒状のガラスの中で泳いでいた。ミキサーだから、金魚の下には、折れ曲がった四つの刃があった。彼女はコンセントを指していた。危ないから抜こうと言っても、「いいから、いいから」と受け取らなかった。こっちのほうがミキサーも、金魚鉢として、働いているように見えるでしょ、と。
彼女は一度、その二日後に、僕の目の前で「ドゥルン」と、ミキサーを回した。金魚は無事だったが、水の勢いに呑まれて、大きく回った。僕が半べそをかいて「やめてくれ」と頼んだら、彼女は笑って「もうしない」と言ってくれた。
その後、僕も仕事を見つけた。契約社員だったけど、毎日事務所へ行って、朝から晩まで作業をした。
「仕事をする男って、いいね」と晩ご飯の時、彼女は言った。雨の降る日だった。窓ガラスには雨の粒が付いていた。
テーブルの対面に座る彼女は、ミキサーの方を見つめていた。金魚は一匹、体を振って泳いでいた。
ミキサーは、凹か凸かと言えば、その形、凹だった。底には、折れ曲がった四つの刃を秘めていた。連想したのは、痛々しい赤い愛液だった。馬鹿馬鹿しく嫌な連想だった。でも沸き上がるイメージが、次から次にぐるぐると螺旋を描いて登っていった。