第150期 #11
学生運動の仲間と写った若い日の祖母の写真。
生真面目な顔が並ぶセピアの写真の隅に、不似合いな堅そうな男の顔があった。
気になった私は、その男のことを聞いてみた。
祖母は言った。
「今は、ポーランドに住んでいるよ。」
「この人は独身でソビエト崩壊前に、ポーランドに行ったきりだよ。」
「この人から手紙は来たことはないね。」
まだ二十歳そこそこの私には、ソビエトにも馴染みがないし、ポーランドも名前を知っている程度。
アルバイトでためたお金で海外旅行に行くことはあっても、アメリカやヨーロッパ、オーストラリアあたりだろう。
父親や母親の若かりし頃の写真を見ると、肩パットとブランドの服。
平気で外車が街の中を、走っていたらしい。
免許取り立ての、そんな若者がね。
最近の私の悩み事である就職問題を見透かすように、「身より実を取りなさい。」
「写真のこの男は、ポーランドで社会的に認められているかもしれない。」
「向こうに家族もいて、幸せかもしれぬ。」
「でも、わたしは少しも羨ましくないよ。」
そういう時の祖母の瞳は静かで、時計の秒針さえ聞こえてきそうだ。
確かに今の時代に敵もよべるものもなく、享受する程の豊かさも剥がれ落ちるばかりだ。
スマートホンの情報速度が上がれば、全ての問題が解決する訳でも無い。
しかし今、同じ時代に祖母と私は生きている。
横の情報ならば私の方が広いかもしれないが、生きてきて得た経験に裏打ちされた情報は祖母に部がある。
祖母の少し疲れた横顔から、わたしはポーランドにいる男のことを考えた。
見知らぬ男だからこそ、勝手に物語を紡げたし、想像もできた。
思索は遠く離れている方が、深く広がるからいい。
そして家族は、近くにいるから普通の風景がいちばんいい。