第15期 #9

シルエット

  その時、頭上を大きな影がゆっくりと飛んでいった。影の形に見覚えがある。
  あれは子どもの頃、いつも図鑑で見ていた翼竜プテラノドンのシルエット……。

 約1ヶ月半もの間、姿を見せなかった太陽がまた昇ってくる季節がやってきた。
 この時期になると昭和基地から離れての観測も増えてくる。
 南極の移動手段には、雪上車がある。軽量型は海氷上の移動に適している。大型車は長期の移動用に寝泊まりもでき、マイナス40度以下の条件下で一冬に何千kmも走行することができる。ブリザードに遭わずに旅を終えることはない。
 ある時、僕は仲間と多目的アンテナの点検のため、遠く基地を離れ大型雪上車で移動していた。
 アンテナは、人工衛星から集められたデータを受信し、氷河の動きや地殻変動の観測、オーロラの発生を探るため粒子の観測が行なわれていて、耐風雪の丈夫なレーダードーム内に設置されている。
 この日、前夜からの雪混じりの風は、あっという間に強風になりブリザードになった。
 僕はこの時、外にいた。急激な気候の変化に危険を感じ、仲間のいるレーダードームに戻ろうとしたが足を取られ転んでしまった。すぐ戻らなければ危険な状態だ。吹雪が強まる。息ができない。一瞬気が遠のいたが無理矢理自分を奮い立たせた。
 吹雪が痛い。それすらも通り越してもはや無痛だ。視界が悪い。前後左右、どうかすると上下さえもわからない。すでにレーダードームの方向がわからなくなっていた。

  その時、信じられないものを見た。
  僕の頭上をゆっくりと飛んでいく大きな影。懐かしい見覚えのあるシルエット。
  子どもの頃、いつも図鑑で見ていた翼竜プテラノドンのシルエット……。
 気がつくと僕は仲間に囲まれて、安全なレーダードーム内にいた。大きな影のことを話しても皆一様に「助かってよかったな」と言うばかりだ。あれは何だったのだろう。
 雪上車で基地に戻る途中、雪降る中をひとりこちらに向かってくる者がいる。安全のため単独行動は禁止されている。誰だろうと皆で目を凝らして見ていると、1匹のコウテイペンギンだった。ある程度近づくと止まり、こちらを見ている。雪上車が珍しかったのか、単なる気まぐれか。
 あぁ、あいつに聞けばあの影について、何かわかるだろう。

 コウテイペンギンに見守られながら、僕らは無事基地へ着いた。
 ブリザードのため海氷がなくなって、やけに青い海が現れていた。



Copyright © 2003 みかりん / 編集: 短編