第15期 #10

Nobody knows

入学式の前夜、また、ユリはエイジの夢を見た。
君が、僕を必要としなくなるまで、僕はそばにいる。
だけど、僕の名前を呼ぶのは、本当に悲しいときだけだ。

エイジとユリは幼馴染であると同時に離れがたい恋人同士のような存在だった。恋人と呼ぶには少し早すぎる年齢だったかもしれない。
「中学を卒業したら、」
エイジは言った。
「この町を出て、H高校に入ろうと思う。」
「地元の高校には行かないの?」
「そのつもり。」
H高校といえば、隣県の進学校でもあり、バスケットの名門でもある。確かに、エイジの実力から言えば、バスケットの推薦でも、学力でも問題ないだろう。そう思うと、ユリは自分の心の中に寂しさを感じた。
「だから、ユリも……。」
エイジは、一緒に行こうと続けた。ユリの学力では少し難しいかもしれない。だけど、努力すれば不可能じゃない。ユリの両親もエイジが一緒ならこの町を離れることを許してくれるだろう。そしたら、またエイジと一緒に全国大会を目指せる。
マネージャーと選手として。

H高校に入学したのはユリだけだった。思わぬ不幸がエイジを襲ったからだ。中学生活最後の全国大会。エイジはコートを走っている途中、急に天井を見上げ、膝をがっくりと床についた。
そして、最後の言葉もないまま永遠に帰らぬ人となってしまった。
ユリにはその前後の記憶が定かでない。気がついたときにはもう、エイジのお葬式がすんでしまった後だった。彼の両親によれば、死因は運動中に起こりうる予期しない心不全とのことだった。
キャプテンとしての重圧と、ハードすぎる練習、周囲の過剰な期待。本来ののんびり屋で優しいエイジは自分を偽り、強気で自信過剰に振舞った。そうしないと、仲間を率いていけないとエイジ自身が考えていたからだ。
エイジが周囲の期待に応えようと一生懸命だったことを知っていたから、ユリには“すこし休んだら?”の一言がいえなかった。

エイジのことを誰も知らない町で、彼の思い出に浸りながら高校生活を送りたいとユリは望んだ。
本当に悲しいことがこれからもやってくるのかな?
エイジに向かって語りかけたが、返事はなかった。


Copyright © 2003 ともとも / 編集: 短編