第15期 #5

カフェ

お気に入りのカフェのお気に入りの席。

「いらっしゃいませ」
「うむ。いつものヤツな」とは言わずに、おずおずとキリマンジャロとか言う。お姉さんも心得ている様子。コーヒーの出し殻を入れた灰皿を音をたてずに置くと、そそくさと店の奥に引っ込む。
なにも言う必要がない。
「いやー、急に雨降っちゃって、参った参った!」とか言わないでもいい。
「昨日も飲み過ぎちゃってさ〜、もう爆笑〜♪」とか口が裂けても言わない。
阿吽の呼吸ってもんがあるのだよチミ。
主に、それは指先および目もとで語られる2人だけのボディーラングィジ。

おれが入店する。お姉さんがそれを見る。おそらく(あっ!)とかいう感情がこの場合相応しい。おもむろに着席。いつものシート。上着のポケットから、ほとんど全部をテーブルにガチャガチャ放り出す。(財布・タバコ・ケータイ・鍵束 以上)
お姉さん、分かっている。
おれが何をオーダーし、どのぐらいソコに留まるかを知っている。
お姉さん、慌てない。
おれの一連の儀式(ガチャガチャ)を見届け、おれがそこら辺の雑誌に手を伸ばしてパラパ、ココで水を入れる。
お姉さん、分かっている。
まだだ。
まだ、タバコに火を付けていない。
まだだ。
おれがボックス型のタバコの開閉口に人さし指を突っ込むと同時に、お姉さんはメニューを手に取る。
2人の距離は、まだ5メートルはある。
軽く深呼吸。
客前に出る時の彼女のクセだ。
ダテに通っているワケではない。そのくらいこっちだって知ってる。
もうお互い3回は相手を見ている。が、その視線は絶妙のタイミングで決して絡み合うことはない。
それが、2人の間の約束事なのだ。
誰が何と言おうと、それは決まっているのである。
タバコに火を付けて、凝りをほぐすようにしながら軽く首を鳴らす。そして、胸一杯に溜め込んだ煙を、ふーっと吹き出す。
店内の間接照明をうけて、その微妙な紫色は絶えず形を変えながら、ゆっくりと布貼りの天井に向かって昇ってゆく。おれがそこに居た証であるその煙は、もはやおれの意志とは関係のない別の生き物のように、だんだんと色を失って店内の風景へと溶け込んでゆく。
まさにその瞬間を見計らって、お姉さんが水とメニューを置きながら一言
「いらっしゃいませ」

カフェってのは、こうでなきゃいけない。

なお、おれが単なるお姉さんのストーカーだ という批判は一切受け付けない


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