第15期 #19
枕の上の右耳に痛みを感じて、目が醒めた。軽く噛まれたような、引っ掻かれたような感覚である。
横になったまま、手探りで目覚し時計を取り上げてみると、四時前だった。
眠りの深いたちで、一度寝つくと、目覚しが鳴るまで目を醒ますことは滅多にない。時刻を確認するほど意識がはっきりするには、よほど明らかな刺激があったとしか思えない。
いったい何者の仕業か、と考え出すと、目が冴えて、しばらく寝つかれなかった。
寝床には私一人である。他の人間は勿論、猫の子一匹いない。ネズミかとも思うが、その割には気配が全く絶えたのがおかしい。虫かも知れない。掃除を怠っているので、たまに部屋の隅で怪し気なものが這っていたりする。しかし寝床まで人の耳を噛みに来て、しかも一撃離脱するほどの活動性を持った奴らではない。
昨日叔母から使いが来て、畑でとれた立派な葱を一山持って来てくれた。昼間はいいお天気で縁先に干されていたが、何しろこの頃は物騒だから、母が裏の物置にしまって、それでも五六本はみ出ていたというから、あるいは曲者が来て、それを感知したのかも知れないが、起き出してまで確かめる気はしない。
それとも単に年をとったせいか。三十になって、自分の躯の変化に、オヤ、と思うことが時々ある。昨夜はどうにも眠くて、宵のうちから床に就いたから、自然と目聡くなったのであろうか。これからは歳ごとに、こんなふうに薄明のうちから目を覚ます事がしだいに増えていくのかも知れない。
うつらうつらしながら、三年前に亡くなった祖父が来たのかな、とも思ってみた。齢を重ねるにつれ、知った人はあの世の方に多くなる、と老人はよく言うものだが、私の場合、向こうに居るのを意識しているのは祖父だけであり、彼が来そうな事も、これと言って思い当たらないようだ……。
中里奈央さんの訃をきいたのは、その翌朝である。二日前のことであった。私はごく当然のように、そうだったのか、と思った。
地上では親しく顔を合わせる機会もなかった者が、不遜というものであろうか。そうに違いないとおもう。しかし書く人間のつながりには、また別なものがあろう。最後に私に向けた言葉で、彼女は心弱い私を励ましつつ、自らの再起を信じていた。
自分の殻の中に思い屈していて、返事を怠ってしまった私に、中里さんは最後に念を押してゆかれたのではなかったろうか。その思いは、私の中では確信にちかい。