第149期 #9

ミスター・天狗レディブル

結婚式前夜になって、彼が突然、俺、実は天狗なんだ、などと言う。
「証拠、見せてよ」 
笑いながらそう訊ねると、ソファーの上であぐらをかいていた彼は申し訳なさそうに、そのままの姿勢で一メートルほど宙に浮き上がってみせた。笑顔が凍りついた。
「ホントに、天狗なの?」
「うん。黙っててごめん」
「あなた、鼻、低いじゃない」
「いや、俺、烏丸天狗のほうだから」
そう言われてもピンとこない。

とはいえ、今更どうしようもなかった。
友人たちからの祝辞を上の空で聞いているうちに、式はつつがなく終わっていた。
今後のことを思うと少し胃が痛んだが、お色直しの際、「鼻、そんなに低いかなぁ」と鏡を気にする彼をどうしても嫌いになれなかった。

飛ぶように十五年が過ぎた。二人の子供にも恵まれた。
中二になる上の男の子は、とにかくスポーツ万能だった。
短距離でも投擲でも水泳でも、何をやらせても世界記録にさえ迫る成績を残す。
早くも多くの高校から続々と推薦の話が舞い込んでいる息子は、「最近、ファンクラブまで出来ちゃってさ」とはにかみながらも、満更ではなさそうだ。
下の小四の女の子は、驚くほど勘が鋭かった。
テストの問題からニュースを騒がす凶悪事件の犯人まで、まるで見てきたかのように言い当てる。
今日の買い物帰り、一緒に宝くじ売り場の前を通りかかった時など、「お母さん、次のロト6の当選番号はね、」と得意げに語り始めた。末恐ろしい子だった。

彼は、「そんなの俺にもできないのに」と苦笑しながら、私の隣で娘の寝顔を優しく撫でる。
時間が穏やかに流れていく。この人と結婚して、本当に、よかった。
やがて、彼の寝息も聞こえ出した。
息子は、部活の合宿で今日は戻らない。
私は変化を解くと、金糸のように輝く自慢の尻尾を毛づくろいし始めた。



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