第149期 #8

アカシック・レコードをめぐる物語 離島編

(場所はと或る島の砂浜)

「文系の僕にはよくわからないや」
「つまり、ドーナツの形ということよ」
「この世界が?」
「そう。この世界の形が」
 なんだかはじめて出逢った宗教の逸話を聞いているようだった。でも猜疑心は抱かなかった。
 綿のような雲以外に視界を遮る物のない空と海は際限なく広がっていた。バニラアイスにも見える砂浜がどこまでも平ぺったく続いていた。島の外とはまるで時間の流れが隔離されているかのようだった。
「教わったことを鵜呑みにするだけじゃだめ。純粋とおバカは違うんだから」
 僕は立ち上がると目を細めて水平線に目をやった。
「あ、怒っちゃった? ごめんなさい」
「ううん。でもそれは、地球は丸くないってこと?」
「丸いってその目で見たことなの?」
「見たことはないけどさ。でもこうやって見ると、やっぱり水平線が膨らんで見える気がする。それに、自分の目で見なくちゃ信じない、というのも難しいよ」
「でも大切なことなら、やっぱり自分の目で確かめたいでしょ? 人って、会ってない人でも好きになるの?」
「それはないよ。やっぱり会ってから。ねえ、なんでツイッターをやってたの?」
「みんなのつぶやきが、怒って、悲しんで、喜んで、また怒って。めぐっているのがおもしろかったから。アカシックレコードがどうして全ての歴史を記憶していると思う?」
 それは僕がここに来た理由だった。その答えを知りたかったのが半分。そしてそれを聞いた後も、この世界で生きていくのが怖かったのが残り半分。
「実在するの?」
「わからない。私も見たことがないから。でもね……」
 僕は腰を下ろした。さっきよりもお尻半分、彼女の尾ひれに近付いた。
 海の向こうのなだらかな海面を一匹のシロイルカが飛び跳ねた。
「見て見て、あれが創造主よ」
「創造主? 何の?」
「この世界の」
「どういうこと?」
「バブルリングって見たことある? 私達はドーナツの形をしたバブルリングの中で生きているの」
「バブルリング? 地球が? それとも宇宙が?」
「地球も宇宙も同じ。バブルの内壁に立っていれば、どこも頭の上は空(から)っぽの空」
 さっきのシロイルカがまた跳ねた。
「バブルリングの遠心力であなたもここに座ってる。少しずつ広がりながら霧散するまでの束の間の世界。その時になったら、あなたも一緒に外へ連れて行ってあげるね」
「イルカのバブルリング……。そうか、だから僕達は海に囲まれているのか」



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