第149期 #7

音楽

「はじめにリズムがあったなんて誰が決めたの?」
と言ったのは春子さんで、しばらく反応できずにいたら、
「言葉があって初めてリズムが成り立つんでしょうよ」

「そうかもしれませんね」僕は言葉を選んで続ける。
「言葉があって、それを伝えるためのリズム、悪くない発想だ、しかし」
「しかし」
「やはりリズムが初めにあったような気がするんです」
どうして、と春子さんは薄いカルピスをひとくち。
「だって動物は音を鳴らすじゃないですか、それはリズムみたいなもの」
僕はカマンベールチーズをひとくち。
「わからないじゃない、わからないようにしゃべっているのかも」
「しゃべっているとしてもです、リズムは動物としての本能を揺さぶるんです、リズムがあればほら、とたんに体は動き出すでしょう。これは意思ではありません。ただの本能です。本能に突き動かされた阿呆です。人間所詮リズムの本能には止められないのです。間違っても我慢などしてはいけませんよ。ここで我慢するのはおそらくインテリ。大学でのボンボンか生娘が本の読み過ぎで頭は宇宙ぐらいに膨らんでおいて、度胸も技術もないくせに能書きだけはぺらぺらぺらぺらいくらでも溢れ出てくる。もっと楽になれよ。ほらそんな水着なんて脱ぎ捨ててさ、阿呆同然になれよ。一度ここまできたらわかるよ。一度もこずにその浜辺でケセラセラ笑ってるだけで何が面白いってんだ。そうさ、潮の匂い、照りつける太陽、波の音、ラーメンの温さ、缶ビールの汗、女の尻、使い古しのコンドーム、花火の残骸、それがリズムだ。お前にはリズムが足りない。リズムがあればもう少し、立派な大人になれるってのにもったいないよ。俺が教えてやる、リズムとは何か、まずこれをはきなさい。そう、黒ストッキングだ。何の疑問も持たずにまずはきなさい」
カマンベールチーズ食いながらたくさんしゃべるべきじゃない。



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