第149期 #5
広大で荒れ果てた砂漠を歩く、二人の男女がいた。
男はぼろ衣、そして腰には剣を携え、女は巫女装束を身に纏っている。というのも、彼女は世界に愛を捧げる巫女の一人であり、今もその役目を担っているため、そのような格好をしている。
世界に愛を捧げる方法は巫女によって様々だが、彼女の場合は毎晩、大空を仰ぎ歌を唄うことであった。一つ一つ、丁寧に口から紡がれる言葉は、男には理解出来ない異国の言語であった。それでも、言葉の壁を超え、彼女の内面を映し出す神秘的な音色を奏でていた。
聞く者を元気付ける声。それを持つ彼女に、男は次第に惹かれていった。彼女が巫女だと知った時から、それはいけないことだと分かっていたが。
街を目指して彷徨う二人。だが、一向に目的のものは視界にすら映らず、気力は失われつつあった。水筒にはもう、水がない。
男は絶えず彼女に気を配った。はやく街に到着せねばと、焦りだけが募る。その様子を見て彼女はくすりと力なく笑った。
この男はいつもそうだと、彼女は内心思う。
二人して凶暴化した動物に襲われそうになった時も、不器用なくせに剣で追い払ってくれ、銀色に輝くそれがただの飾りではないのだと証明してくれた。そのような一生懸命ならところが好きだった。彼女は。心から。
しかし、それはいけないことだと重々承知で。……なぜなら、彼女は巫女だからだ。
知らない間に倒れていることに気付いた。風と砂が入り乱れ、巻き込まれてしまったのだろうか…、視界は真っ暗だった。お互いに握った手が、自分はここにいるのだと分からせてくれる。
男は口を開くが、掠れてもう言葉にすらならない。喘ぐ。喘ぐ。最後に残ったなけなしの水分が目から溢れていく。目は使えない、鼻も使えない、感触も、分からなくなった。人間の機能が段々と死んでいく。諦めかけたその時に聞こえてきたのは、唄。
毎晩、聞いていたあの唄だ。
そして、それが男に向けられているものだとすぐに分かった。
男は、一瞬泣きそうな顔になり、次にはとびきりの笑顔を見せ。その声に応えた。
この世界は巫女から捧げられる愛で、全てが動いている。
しかし、時が経つにつれ巫女達は世界を愛することを忘れ、代わりに人を愛し、動物を愛し、物を愛した。動力がなくなりつつある世界が辿る道は、ーー崩壊。
そして、今。最後の一人となる巫女が捧げるはずだった愛は、目の前の男に向けられ。
世界は、幕を閉じた。