第149期 #14
ことんと何かの落ちる音で僕ははっと目を覚ました。ついうっかり居眠りをしたようだ。少し問題集を眺めた。ふと時計に目をやると、昼の2時半、お昼ご飯がちょうど効いてくる頃だ。どうにも眠い訳である。久々に散歩にでもと、サンダルを履いて外に出た。
太陽の光は、受験生で家に篭りきりの僕には懐かしかった。懐かしいというには少々まぶしすぎるか。長い散歩はできない、近くの道を10分ほど歩くことにした。
家を出て、並木道に入り、両脇の木の深い緑を一歩一歩味わう。木漏れ日がきらきら光って、木の影がふわふわゆれて、光はちらちら僕を照らした。なんとも綺麗、それなのに、同時に何だかうるさいように感じてしまうのは、実際蝉がうるさいからであった。ミンミンだかシャカシャカだかなんだか知らないが、大層やかましかった。この木はこの良い景色を作り、僕を木陰で涼しくさせると同時に、蝉を止まらせ、しつこくてあまり喜ばれない夏の風物詩を鳴らしたのだった。
でも、考えてみれば、今日は彼らの晴れ舞台だ。絵に描いたような夏の空が輝くこの日に、彼らは暗い土の中で長らく我慢してきた大きな声を響かせ、そして数日後には死んでいくのだ。今日ぐらい、彼らの声を我慢してやってもいい。そんな気がしてきた。
僕は周りをくるっと、またくるっと見回して、蝉を探した。蝉の、おそらく得意げであろう顔を拝んでやろうと思った……
一匹見つけた。蝉だった。ただの蝉だった。ただの蝉という以外なんとも言いようがなかった。彼の声は他の仲間たちの声に紛れてよくわからなかった。しばらくただじっとその彼を見つめていた。特に何を考えるわけでもないままただじっと見つめていた。やはりただの蝉だった。
ああ、ぼーっとしてる場合でもないか――僕はその並木道をてくてくと通り過ぎて、そうして家の前に着いた。
ぼーっとしていたせいで、家の石段でおっととつっかえた。ふと下を見た。何かがいた。蝉だった。ひっくり返って、こっちをじっと見ていた。何も考えていないようだった。
足でつんとつつく。動かない。死んでいるようだった。両手で丁寧に拾った。拾って庭に埋めた。しゃがみこんで、手を合わせて……僕はゆっくり立ち上がった。
――――僕も案外、蝉みたいなもんだったりしてな――――
僕は家のドアを開けながら、そういえばあれはなんという蝉だ、と彼の姿を思い起こしていた。家の中は少し暗く思えた。