第149期 #13

鼠(革命にまつわる諸風景について)

 我が国の独裁者が死んだ。
 彼は定例となった十二月の全党集会へと向かう道中で、突如専用車を包囲した反乱軍の凶弾に倒れた。死体は彼の側近によって無事に回収され、現在国立病院に安置されている。今後の政府としての動向は依然として不明である。新聞はどこも自らの立場を明らかにすることを嫌い、一面記事にも関わらずまるで三流の芸人が死んだかのように、淡々とした事実のみを述べていた。
 僕の会社は暫くの間休みとなった。誰にも今後のことはわからなかったし、何よりも働くよりもやらなければならないことが山のようにあった。僕は二日掛けて家中の彼と関係のありそうな物証を燃やし尽くし、それでいながら党員証は捨てずにどちらにだって寝返ることのできるような準備に明け暮れた。そんな僕を見ながら恋人はくすくすと笑い、ディズニーランドに行こうと言った。僕は呆れて答えた。
「なあ、こんな国家の危機にディズニーランドに行く奴なんてよっぽどの間抜けしかいないぜ。それに第一、ディズニーランドは営業なんてしていないんじゃないか」
 しかしながら、いざ現地を訪れるとディズニーランドには途方もない数の人間が押し寄せ、開園以来の入場者数記録を更新していた。辺りには爆音のミッキーマウスマーチが鳴り響き、ミッキーマウスとその仲間たちは狂ったように踊りまくり、人々は喜びを全面に歓声を爆発させている。
「どうやら、僕が間違ってたみたいだな」
 と、僕はうんざりしながら言った。

 エントランスの広場には朝のうちから大勢の子供たちが集まっていた。みんな風船を片手に、静かに空を見上げている。僕がその周りを取り囲むように集まっていたギャラリーに何が始まるのかと尋ねると、誰もが口を揃えてわからないと答えた。その観衆に僕たちも加わり、後からやって来る人間に同じようにわからないとだけ何度も答え続けた。
 子供たちはどこからともなく風船を片手に現れ、その数は少しずつ増えて行った。子共たちの人数が優に三百人は超えた頃、一人の子供が風船を手から離したのを合図に、彼らは次々と風船を空へと放った。赤、青、黄色。色とりどりの風船がゆっくりと空へと昇っていく。大人たちは口を開けてそれを見上げている。ミッキーマウスマーチはまだ鳴り響いていて、どこかで彼が喋っている。
 ――ようこそ、ここは夢と希望の王国。
 僕の隣で彼女はくすくすと笑い、馬鹿みたいだねと小さく耳打ちをした。



Copyright © 2015 こるく / 編集: 短編