第149期 #11
昨日ある男と知り合った。白いシャツが格好良くて、私なんかに声を掛けてくるタイプでは無かったから、実は彼が死んでるって言うのを聞いたときは、酔いも手伝ってか、やっぱりなぁ、という、軽い失望っていうのが先に来た。素敵だな、って人に恋人が居るっていうのを聞いたときと似たような感じ。店を出て通りを渡る。生暖かい空気に逆に鳥肌が立った。彼はさっきから何やら言っているが、行き交う車やパチンコ屋の音で声が聞こえないので耳を近づけようとして何度も体がぶつかった。
「だからさぁ、共通の知り合いの居ない友達が、本当にこの世に存在する人なのか証明できるのかって考えたら、意外に出来ないだろ。」
「まぁそうだけどさ。」
向かいから来るサラリーマン二人連れは話をしながらも私たち二人分体をかわすようにしてすれ違ったから、私にしか見えてないっていうわけでもなさそうだけど。言おうとしたけど黙っておいた。彼は私の部屋に来ることにすると言って、トラムに乗り込んだ。つり革を両手で掴んで、上の洋酒の広告を眺めながら、親指が眉毛の付け根に当たるようにして掻いていた。
豆電球の下でのひげの感じや、シャツの背中の匂いも、やっぱりどう考えても死んでいるという感じはしなくて、夜中目が覚めてむき出しの背中を見ていたら少し腹が立った。わき腹の下のシーツに手を突っ込んでみたらやっぱり温かくて少し湿っていた。朝一緒に部屋を出て、興味が無い風に、どこ行くの?と尋ねても、彼は「あー まあね」と言うばかりだった。駅に着くと、「ちゃんと会社行けよ、頑張れよ」とかお気楽なことを言って、回れ右をして、じりじりとした太陽の下、用水路を覗き込んだり、雑草を触ったりして住宅地のほうに消えていった。