# | 題名 | 作者 | 文字数 |
---|---|---|---|
1 | ひとし | なゆら | 907 |
2 | 甘美なひととき | ちゅん | 996 |
3 | 夢物語 | 光紗 | 992 |
4 | 魔法の呪文 | 井澄星菜 | 957 |
5 | 今現在、心の狂気と現実 | 人生二郎 | 791 |
6 | 夜色の猫 | 作者 | 435 |
7 | 思い出話 | tochork | 999 |
8 | 忠魂墓地 | Aeri | 351 |
9 | 高得点句の伯母さん | ロロ=キタカ | 967 |
10 | 袋小路にて | 橘たんぼ | 584 |
11 | 太陽に出会ったから | 名栗 | 491 |
12 | ひじき | わがまま娘 | 992 |
13 | 缶コーヒー | 岩西 健治 | 993 |
14 | 盛者必衰 | kyoko | 841 |
15 | ダッシュ | かんざしトイレ | 1000 |
16 | ノーザントレック | 霧野楢人 | 1000 |
17 | 惹かれる | 春川寧子 | 873 |
18 | 鳥たちのいる風景 | 吉川楡井 | 1000 |
19 | 街角 | euReka | 1000 |
20 | ガブリエル | qbc | 1000 |
21 | 愛していると描かせてほしい | まめひも | 950 |
22 | お風呂が沸きました | 白熊 | 1000 |
23 | 水花火 | たなかなつみ | 464 |
ひとしは18人いる。
この世にいるひとしの数を数えてみればちょうど18になる。
歳はそれぞれ違うから、順番に死ぬ。一人死ねば一人生まれる。世の中にいるひとしの数は変わらない。
たまに事故に遭う。
予定できないことだからそうなったら厄介だ。
世の中のひとしが足りなくなる。急に作ろうと思って作れるものではない。
ひとしも当然、人間である。
しかるべき手段で、ひとしを発生させなくてはならない。
だからひとしは集まる。
委員によって早急に日時が決められ、代表のひとしが呼びかける。
幼いひとしは両親に連れられ、何もわかっていない。
話し合いは簡単だ。
君がどうしようといえば、僕はどうしようと答え、
どうしようもないんだよだから、といらだち、
じゃあ集まる意味あるのと根本をひるがえし、
まあまあスイーツでも食べて落ち着こうじゃないか、
ふてくされて甘栗を口に放り込む。
何も決まらないままに会議は終了する。
会議が終わる頃、ひとしが産声を上げる。
集まったひとしは安堵のため息をつく。
ひとしの周りの人間、すなわち
ルールを守らなければとかたくなになるものたち、によって
ひとしは維持される。
ひとしが足りなくなるとどうなるのか。
今までにそうなったことがないから、わからない。
ある人は、猫が徒党を組む、と言う。
ある人は、風向きが変わる、と言う。
ある人は、直径100メートルの隕石が落ちてきて人類は滅びる、と言う。
みんな想像しているだけだ。
案外、何も起きないのではないかとも思っている。
当のひとしたちはノーコメントを貫く。
そこは一定の距離を置く。
ひとしがでしゃばるべきでない、と先輩のひとしに教わっている。
ひとしも人間である以上、生活をしている。
家族もある。
普段はひとしであることを意識しない。
誰かが誰かであることを意識していないのと同じだ。
朝起きて、あくびをして、目をこする。
パンを焼き、バターをぬる。
学校へ行き、窓の外を眺める。
ひとしは空を見る。
あの雲はフランスパンみたいだ。
同じ空を、別のひとしは見上げて思う。
あの雲は鰹節みたいだ。
ひとしは君であり、僕である。
また、猫であり、フランスパンであるかもしれない。
時限爆弾だとしても不思議でない。
覚えておくべきだ。
私が美沙を知ったのは、今日のように何気ない日のことだった。いつものように仕事を終え、そのまま家に帰るのは億劫だったので、バーに行った。最近1人で飲むことが多くなった気がする。
妻との関係は冷え切っていた。私には、愛などといったものは似合わなかったのかもしれない。
「すいません、お隣いいですか?」
すっかり自分の世界に入っていたので、自分に言われているのだと気づくのが少し遅かった。もしや私に言っているのか、声が聞こえたほうを向く。
思わず息をのんだ。彼女の魅力に吸い込まれてしまったのだ。私の意識が完全に持っていかれている。これを一言で表すなら、一目惚れだ。
「どうぞ」
私はなんとか平然を装って答えた。
彼女が隣に座る、その1つの動作をじっと見ていた。彼女はカクテルを頼んだ。グラスを持つ手に色気を感じた。彼女の手はまぶしいくらい白く、指は細く長い。見れば見るほど、私は彼女の魅力の虜になっていた。
「よかったら、一杯ご馳走しますよ」
意を決して声をかける。私は精一杯スマートに言ってみせた。
「え、あたしですか?」
彼女はちらっとこちらを向く。
「あなたです。私でよかったら……」
「本当ですか?ありがとうございます」
彼女は24歳のOLで、私と比べて若さがにじみ出ている。話し方と比べて服装はカジュアルな感じだ。よく1人でここに飲みくるという。
「どうしてあたしに声をかけたんですか?」
「それは、あなたが魅力的だからですよ」
「……見た目のクールな感じとは違って、口のほうはベタなんですね」
彼女はくすくすと笑う。
その後も何度かそのバーで会った。会うたびに、私の目には彼女が美しくなっているように見えてしょうがなかった。彼女の行動の一つ一つが、私をまるで挑発するようにみえた。どこまで我慢できるかを試すように。その言葉やしぐさに、私は堕ちていった。
とある日の朝、電車に揺られながら私は家に帰った。特に後ろめたさはなかった。
「ただいま」
返事はなく、冷たい部屋に私の声だけ響いた。
「律子、いるのか?」
居間へ向かう。すると、妻はソファに座っていた。
「どうした?」
私は、カバンを置いて、妻に尋ねた。
「昨日、何で帰ってこなかったの?」
「それは……」
「別にどうでもいいけど……帰んないなら、そう言ってよね」
妻は冷たくあしらった。私は、1つため息をついた。
「なあ、律子」
「なに?あなた」
「別れよう」
これは夢だ。私はすぐに気づいた。広い草原に私は立っていた。足に違和感を覚え下を見ると、とてつもなくヒールの高いショートブーツを履いていた。ブーツは黒くて編み上げの私好みのブーツだった。しかし、フリルの白いワンピースには少し似合わない。
しばらく一人で歩いてみる。しかし、ヒールの高いブーツはとても歩きにくかった。何度か転びそうになりながら歩いていた。すると、私のすぐ脇をジャケットを着た人間の子供ほどの身長位の大きさの白いウサギが勢いよく抜き去った。両手には紙袋が握られていてとても重たそうだった。
ウサギはピタッと止まり私を見つめる。「見ていないで手伝ってくれ。とてと重たいのだから。君は僕より身長が高いから重たいものでも簡単なんだろ。」と言いながら近寄り紙袋を1つ突き出した。私は反射的に受けとる。ずっしりと重い。中にはニンジンやリンゴが入っていた。
「さあ、受け取ったなら早く来てくれ。急がないと。」そう言うとウサギはまた走り出す。私はウサギを見失わないように走った。ヒールの高さで転けそうになりながら、踵が擦れて血が出ながら私は懸命に走った。
確かに、ウサギが2つ持つには重すぎる。しかし、私にとっても重い。それに、背はウサギよりは高いけれど、こんなヒールの高い靴を履いているのだから高く見えるのだ。
しかし、ウサギはそんな私を気遣う事なく進んでいく。時折ウサギは遠くから「早く来い。」「ちゃんとしてくれ。」と怒鳴られる。受け取ったからには、途中でやめるわけにはいかなくて、でも足が痛くて呼吸も苦しい。
すると、後ろから声がした。振り返ると、シルクハットを深く被ったとても背の高い男性が立っていた。彼は私の手から紙袋を取るとこう言った。
「背ばかり大きくしたって、君には荷が重すぎる。ウサギに頼まれた時になぜ断らなかった。君がこれを運ぶのにはまだまだ早いよ。代わりに俺が持っていく。しかし、君は自分の大きさを理解しないと。」
その言葉で自然と涙が出てきた。いくら高い背伸びしても私は未熟だ。
「しかし、何時かは出来るときが来る。君はその時の為準備をしていればいい。」そう言い残して彼はウサギに向かって走っていった。
ふと気付くと、会社のデスクにうつぶせて寝ていた。誰も居ない深夜の会社で。1人では処理しきれない仕事が目に入った。先程の彼の言葉を思い出し、私は子供のように泣いた。
イッカハキット
叶うかもしれない。
そう、心に言い聞かせていた。
でも、
「えっ、まだ、小説なんて、書いてるの?」
なんて、親友のあかりに、言われてしまった、わたし、仙田遠子。今年の12月で、二十歳になります。
「あんたさ、短大今年度で卒業だよ?いつまで夢見てるのさ」
さすがに、むっとした。
だって、まだ、二十歳。
働きながら書いてやる!
なんて、息巻いて、二年が過ぎ、今年の12月で24。
しかも、わたしは、働けなかったんだ。
いつも、仕事をクビになるとか、自分から、辞めていって、小説なんて、思うように書けない。
嗚呼〜やっぱり、わたしには、無理なのか?
でも、働くって? 解らない。
バイトもマトモに出来ない、無職のわたしが?
そもそも、わたしは、昔からそうだった。
いつも、中途半端。
バイトを転々としながら、半分、諦めない欠けてたとき。
ふと、名前が、気になった。遠子ってその名の通り、道のりは遠くて……やっぱり、諦めたくなる。なんて、人のせいにして……。
ある日の正月。親戚の集まりで、姪っ子の美咲ちゃんが、わたしに近づいてきた。
なに?
「遠子ちゃんって、小説書いるんだ?」
姪っ子の美咲ちゃんが、
「読んでもいい?」
「あ、うん」
正直、怖かった。
もう、何年もマトモに書いてないし、無職のわたしが言い話なんて書けるわけない……っていう、ネガティブ満載のコンプレックスを抱いた女の子の話だった。
それを
「面白いね。続きも読みたい!」
「えっ?」
正直、これで、終わりのはずたったのに。
でも、美咲ちゃんの笑顔や、瞳を観たらどうでもよくなった。
「遠子ちゃん、本当に面白いね。これ、投稿してみたら?」
「えっ?」
「遠子ちゃん。いつかはきっと、作家になれるよ!」
そんな淡い期待。
でも、それより、
いつかはきっと、か。
昔はそう思ってた。
応募してみようかな?
人のせい。関係ない。
仕事が巧くいかない?関係ない。
きっと、諦めない気持ち。
それを、忘れなければ、
そしたら、いつかはきっと、作家になれる。
そんな気がした。
未来に、仙田遠子と、いう名が記事に載る。
遠くても、諦めない気持ち。
そして、美咲ちゃんの「面白いね」の言葉。
イッカハキットの魔法の呪文。
わたしは、それを忘れていたのかもしれない。
だから、もう一度、夢を見る。
イッカハキット、喜んでくれる人がいる。
そんな気がしたから。
一定のリズムを刻み、がんがんと鐘の音が鳴り響く。常に時は迫ってくる。心の首をゆるりと絞めて、何をするにも不安をあおる。寝ているときはそれを忘れさせてくれるので必要以上に睡眠をとってしまう。すべては無常、どんなに積み上げてもやがては崩されてしまう。しかし、石を掴まねば明日を迎えることさえ許されない。
ああ、鐘の音が時を刻む。いっそすべてを捨ててしまえれば楽なのに。思考する生き物であることが怖い、怖い、怖い。望んでしまう。拒んでしまう。もうわがままを言って良い時なんてとうに過ぎているというのに。気づくのが早すぎた。ある意味遅すぎた。肥大した自我が善良なる自我に襲い掛かる。願いは同じ。しかし叶える手段はもうない。
こうしている間にもすべてが迫ってくる。外では楽しそうな笑い声がする。その傍らで死んだ目をしただろう者たちの叫び声も聞こえる。それを狭い空間でひたすら目を塞ぎ耐え忍ぶ。
どちらも望んではいない。笑顔で人を殺すのは容易いことだと思っている。だけど心は許さない。知りたくなかった。平穏なんてどこにもない。暫定的に保留を繰り返すほか留まる手段はどこにもない。真に善なる存在に。真に無垢なる存在に。最低の生き方を志向する。そのための迷惑は考えない。矛盾はとうに気づいてる。ひたすら耳を塞いで己の脳を殺して。ひたすら。ひたすらやり過ごす。
いっそ無ければよかったのに。存在しない意識を求めて無限の世界へと飛んでしまう。あるから在るのであり、無ければ亡いのである。何も始まらなくて済んだのに。意味のない事が延々と繰り返されるだけ。だけど始まってしまったのだ。そこには過去も未来も存在しない。ただ今の連続が積み重なるだけ。終わるその時まで続くだけ。
きっと答えはない。だから何も考えないだけ。ただ何も考えていないだけ。忘れるしか他ない。己を欺き世界を殺し、慢心の限りを貫くほかない。
黒猫が一匹、寂しそうにしてる。
見かねた魔法使いが、空を真っ暗にした。
黒猫に、初めての友達が出来た。
闇。 その友達は喋らないけど、
黒猫のことを怖がったりはしなかった。
それが嬉しかった。
でもある日、 闇の中で泣き虫な女の子が「怖い」って泣いた。
神様がやさしく笑って、空に大きな丸を浮かべた。
月だ。
輝くそいつは、
黒猫には眩しすぎて、
目をつむった。
怖くなって、震えていた。
月が浮かんでも、女の子はまだ泣いていた。
神様は、空に光をばらまいた。
光る点々が空に浮かんで、
人々を照らした。女の子が、笑った。
やさしい光に包まれて、
なんだかくすぐったくて、黒猫は目を開けた。
綺麗だった。
そして、気付いた。
闇があって、初めて、月の輝きがわかること。
暗い空があって、初めて、星の美しさがわかること。
黒猫は何だか誇らしげだった。
女の子が寄ってきて、言った。
ありがとう、黒猫さん。
あなたのおかげで、こんなに綺麗な空が見れたわ。
黒猫は、笑った。
これは小学生だったころの話だ。ぼくは友香という同級生の女子から教授と呼ばれていたんだ。ぼくは夢水清志郎というキャラクターが出てくる小説を好きでよく読んでいてさ、友香がそれを見つけてあだ名をつけたんだ。友香もあのシリーズがお気に入りだったんだ。まあ、友香はぼくのことを教授と呼ぶばかりで、話のスジとか、他のキャラクターについてとか、そういうことはぜんぜん話さなかったけど。でも友香はコミック版をよく持ってきていたっけ。
ぼくと友達。それから友香と友香の友達。
いつのまにか集まるようになっていた。あわせて7人か8人くらいでさ、図書室を陣取るようになって、ぼくらは20分休みやお昼休みのたびに飽きもせず集まった。図書委員が何人かいたから、本来なら昼休みに開館なんだけど、午前中から鍵を開けられたんだ。あんなに毎日、何を話していたんだろうなあ。ぼくは思いだしたいんだけど、あまりにささやかなことは記憶に残っていないみたいなんだ。
……でも、緑色の表紙の図鑑があった。植物とか、動物とか、鉱物とか、もしくは工学とか、そういったものを図版入りで解説している大型本だよ。さっぱりわからなかったけど、ぼくはそれを友達と覗きこんで、「すごい!面白い!」なんて知ったかぶりしていた。貸出カウンターの下側に大量の使われていない国語辞典を見つけた日、ぼくらはそれの箱を外して、40冊くらいあったから、新書サイズのそれをフリスビーにして図書室内で投げて遊んだことがある。あれはよくなかった。でも、射撃ゲームみたいで、あるいは雪合戦みたいなもので、とても楽しかった。
ぼくはその光景を一生忘れないだろう。
ぼくは朝に弱くて、登校はだいたいギリギリだったんだけどさ、あれは冬の日だった。小学校はL字型校舎で、二棟の建物とそれをつなぐ渡り廊下があって、友達たちがその渡り廊下に集まって話していた。それで友香が校門をくぐるぼくを見つけたんだ。
友香が言った。「おーい!教授!おはよー!!」
大きな声だったから何人か振り向いてぼくのことを見た。ぼくはびっくりして立ちどまった。ぼくは友達が少なかったからさ、笑いかけてくれて、手を振って出迎えてくれる友達なんてはじめてだったんだ。しかもそれが好きな女の子だったんだ。
ぼくは手を振りかえした。それで気づいたほかの友達たちも、口々に「おはよう!」と叫んでくれて、ぼくは嬉しくて渡り廊下まで駆けていった。
私は今夜も塾の歸り、自轉車で滑走する。
周りは街燈がぽつんぽつんと在るだけでほぼ月明りだけが景色を浮かび上がらせてゐる。
歸路の途中にある忠魂墓地の前を一目散に通り過ぎ、そこから暫く行ったところで三叉路まで来た。周りに木がなく辺りは月明りで明るい。
ここからはあと数十メートルで家に着くのだ。
ホッと一息を入れたその時、一瞬、背筋に惡寒が走る。
その直後に、忠魂墓地の方角から一直線に青白いぼぅっとした光の塊が後ろから斜めに近づき、そのまま通り過ぎていった。
(えぇっ!今の何?)
「うわぁ〜〜!」
一目散に家に駆け込み、息切れしながら早口に一部始終を母に話したところ「ただの錯覺よ」と笑ふ。
然し、今でも私は『一生のうちで唯一体験した奇怪現象だ!』と思ってゐるのだ。
「あれは絕對に人魂で間違ひない」。
「枇杷咲けり日に一便の船着き場 山嵜緑 人生の余白に生きて除夜の鐘 遠藤甘梨 月冴ゆる少女無言で眉を剃る zappa」
伯母さんは高得点句を口ずさみながら句の感想を請うた。
「季語は「枇杷の花」。船着き場の便が一日に一回とは寂しいですが、そんな所はざらにあるだろうと考えれば、リアルな現実を硬質に詠んだとも取れますね。次の句は季語は「除夜の鐘」。子供たちが鐘を突きにやってきますよね。私はあれいやなのでさっさと家を出ることにして居ます。しかしこの句では「人生の余白に生きて」とは。スフィンクスに謎を掛けられて居るような。余った白ですか。私は特に深読みはしませんでした。余生と言う事でもないだろうし、余計者の意識と言う事でもなさそうだ。単に「人生の余白」とそのままとればいいのではないでしょうか。最後の句は季語は「月冴ゆ」。少女が無言で眉を剃るのは仕事の上での必要に迫られての事なのか、プライヴェートの上でのことなのか分かりませんが、どちらだったのかが気になる所です。剃って居た場所も気になりますね。私はバスタブであったろうと推測します。と言うのは私自身も同じ事を同じ場所でやったことがあるからです。」
「そうであろう。では4句目以降も参るぞよ。よろしいか。ふくろうに会うため夜会服を着る 中條啓子 去年今年壜の中なる帆掛け船 丸岡正男 子を四人育てて母の頬被 金太郎 歯ブラシの向きそれぞれに春隣 ツルキジ 」
「では。私は今朝(12月24日)目覚めて直ぐに南から鋭い扉の音、そしてすかざず間をおかずにシャッターの音が東から。高得点句を思い出して仕舞いました。木枯らしをつれて乗り込む無人駅 草紅葉 あどけなき海女の磯笛志摩の冬 秋山軟水 園児等の手話の交わる聖夜劇 高橋牛蒡。そしてさらに音に惑わされたのか私は蒲団にうつ伏せの状態のまま、6,7時台から実に10時56分頃まで、高得点句の事ばかり考えていました。でも主に次の三句だけですね。人ごみに僧ひとり立つ十二月 夏生 月光のふんわり降りる雪の原 ふじもりよしと 物言わぬ寒鰤届く父の名で 佐藤海松。そして自宅の呼び鈴が鳴りました。、再び高得点句を思い出して仕舞いました。一人居に同居の話花八つ手 スカーレット 大鯉の目玉の動く寒さかな のぼさん 終電は揺りかごに似て冬帽子 西茜・・・」
貴女を愛している。貴女を愛することができる。こんな感情が私を生かし、こんな感情が私を苦しめる。いつからこんな袋小路に迷い込んだのか。
「貴方の名前は?」ボーイが私に質問する。
「エドワード・ハイド。」私は明朗に発音を行った。
「そうですか。貴方の部屋へご案内いたしましょう。」
「地獄というところは空調が効いているのだね。ここは地獄だろうか。」
「左様。」
私は幾分、彼の返答に期待したのだが答えは素っ気ない。ボーイはただ一言、振り向きもしなかった。
「こちらになります。」
―706号室。いやに普通だな。
私は躊躇した。
「大丈夫ですよ。時間はいくらでもあります。心ゆくまで躊躇していただいて結構。」
「ははは。ではそうさせてもらうよ。」
私はどっかりとドアの前に腰をおろし、煙草を取り出した。火をつける。煙をしっかりと肺へ送り込む。私は生きているはずだ。いったい何が私を苦しめるのか。ボーイは廊下の角を曲がって姿を消す。紫煙の漂う先には天井と染みが見える。蜘蛛の巣はどこだろうか。床に敷かれたカーペットの座り心地は悪くない。それでも、満足など出来やしないのだ。706号室のドアを開いて、その先の恐怖を覗くほかなかった。吸い殻を脇に放る。すでに私は地獄の業火に焼かれているのだ。手は汗を握っていた。
「行き先はどちらになります?ハイド氏。」
顔中に張り付いた笑みを、引き剥がしてやりたかった。
確かに保護者には、とても大切な子供であろう。
しかし教師になったばかりの私には、非常に扱いにくい。
その生徒は頭は良く、小学生にしては弁舌も爽やか。
それが私の性格とは、全くと言っていいほど合わない。
彼の未来を開くことも、そして、閉じることも、私の手の平しだいだ。
今どき教師の言葉を疑いをせずに聞くような、そんな、保護者は居るまいが。
モンスターペアレントと言えば、わたしの母親が、それであった。
だが、私はそれで所謂イジメを初期の段階で防ぐことができたし、だからこそ母娘の関係は良い。
何らかの形で、この仕事が合わなかった場合には、早いうちに辞めてしまおうと思っている。
惰性に任せて信念もなく続けても、得られるものは少なく、失くすものばかりだと思う。
そんな私のもとに、電話が届いた。
駅前の進学塾の講師の空きがあるという、友達からの報告。
私は躊躇わずに、教師との決別を選んだ。
他人の子供に愛情を持つことは、たいへんに難しい。
太陽よりも月のほうが、私には合っていたみたいだ。
転職は、早いほうが良いのだ。
周りのためにも、自分の為にも、子供たちのためにも。
夢は、はやく破れたほうが良いのかもしれない。
あれは、私がまだ大学生になったばかりの頃だ。自炊しようと意気込んでいたものの、毎日殆どスーパーのお惣菜コーナーで仕入れてきたお惣菜ばかりだった。
ひじき煮が好きで、私は毎日の食卓にお惣菜コーナーのひじき煮を出していた。ある日ふと思った。これくらいなら自分でも作れるのではないか? これが自分で作れたら、節約になるのではないか?
思い立って、私はスーパーに買い出しに行った。
私はその時初めてひじきが乾物として売られていることを知った。当時の私の中の乾物と言えば、ワカメと椎茸ぐらいだった。
乾燥ひじきのパッケージやネットで調べもしないで、私はボールに2袋乾燥ひじきを入れて、ボールいっぱいに水を入れた。
30分後。ひじきがボールから溢れ、ボール周辺が真っ黒になっていた。一瞬、虫でも湧いたかと思った。
とてもではないが、ボールから溢れ出たひじきは私一人で数日のうちに消費できるような量ではない。困った私は母に電話をした。多分、一人暮らしを始めて初めての実家への電話だったと思う。
「どないしたん?」
「ひじきをさ〜ぁ、大量に戻しすぎたんだけど……」
「食べたらいいさ〜ぁ」
「いや、一人では何日もかかるよって、その間に腐っちまうが〜ぁ」
「なら、また乾燥させたらいいさ〜ぁ」
「どうしたらいい? 毎日雨ばっかりでそんな乾燥なんてせんよ〜ぉ」
「レンジで乾燥させたらいいさ〜ぁ」
「レンジで?」
「お母さんも切り干し大根とか戻し過ぎたらそうしとるがよ〜ぉ」
と言う母の言葉を真に受けて、私は戻し過ぎたひじきをレンジに入れた。10分程してレンジからひじきを取り出した。出てきたひじきを見て、母が電話を切る間際に何かぼそっと言っていたことを思い出した。あれはなんだった? なにかとても大切なことのような……。
私は皿の上の小さくなったひじきを袋に入れた。レンジで乾燥させたひじきにカビが生えたのはそれから2週間後のことだ。その時になって、母の言っていた大切なことを思い出した。
「嘘だけど」
思わず苦笑い。そしてすぐに母に電話をしたら、「やっぱり〜ぃ、駄目だったけ〜ぇ」と言って、盛大に笑っていた。母曰く、レンジでポテトチップスとかできるぐらいだから、うまくやれば元に戻るのではないか、と思ったらしいとのこと。
「ま、なんでもやってみんとわからんもんやよ〜ぉ」と言った母。確かにその通りかも、と思えたのはつい最近のような気がする。
「おにいちゃん……」
廊下の照明が駆けつけた妹を逆光ぎみに照らしていた。表情は見えなかったが口に出した言葉の密度が今にも溢れ出しそうな気持ちを確実なものにしているのは鈍感な僕にでもすぐに分かった。
「まだ、泣くなよ」
僕は怒鳴り声に近い声域で繕った。声は震えていたはずだ。泣くなよ、が今、本当に必要な言葉かどうかなんて考えられなかったが、それでも何か言わなければこっちが泣いてしまいそうでどうしようもなかったのだ。
二時間前、こたつでうたた寝をしていた母が急にイビキをかき出した。その尋常じゃない空気に僕は直感で救急車と叫んでいた。
あの、母がイビキをかいて……ちょっと尋常じゃない様子なんで……お願いし、ま、す……意識ですか……寝ていて……声を……お母さん……おかあさん……はい、頬をたたいても反応ありません……分かりました。
救急搬送され、そのまま手術となった。ご家族に連絡を、と言われたので、覚悟を決めた僕は嫁いだ妹に電話をした。父親は既にいなかった。思いのほか冷静な自分に腹が立つ。
(来ていただいてもどうしようもないもので……はい……落ち着いたら近況を報告しますから……いえ、葬儀は家族だけで済ませようと思っていますので……お気持ちだけで……はい……花も結構ですから。えぇ、ありがとうございます。申し訳ありませんが、数日休ませてもらいます……)
僕は明日の朝、会社に報告するための言葉を心の中で反芻した。俯瞰した自分が、何やってんだよ、なんて叫んで途方もなくなって、自販機でコーヒーを買おうとしたが、小銭を出すことさえおぼつかないくらい手が震えているのに今頃になって気がついた。動悸が襲い、救急車に乗る前にストーブを消したかとの不安にかられ、ポケットの小銭を半分ほど廊下にまき散らしても尚、手の震えはおさまらなかった。視点が不安定に揺れるので、こぼした小銭を拾うことさえできないとあきらめた僕は、手に余っていた小銭でようやくコーヒーを買うことができた。が、コーヒーを飲む気にはなれず、手の中で缶を転がしたまま幾分かが過ぎ、ふと、声のする方向を見ると妹が立っていた。妹の後ろには妹の旦那もいる。
一瞬の時間にも感じられたが、実際にはコーヒーを買ってから三十数分が過ぎようとしていた。
「おにいちゃん……」
既に缶に温もりはなかった。
「まだ、泣くなよ」
僕は半分、泣きべそをかいていた。
彼が物心ついた時、そこはすでに大きな王国だった。
水も食べ物も豊富にあり、王国は栄華を極めていた。
似て異なる民族たちがそれぞれに領土を持ち、それぞれに産み増やしながら、国は次第に広がりを見せていった。
だが、あるとき、空がふと陰った。
それは一瞬だった。
圧倒的な爆風が襲い掛かり、町や人を押し流していく。
彼は地面に張り付くようにしてそれに耐え、いつの間にか気を失っていた。
次に目を覚ました時、彼は目を疑った。
大きかった町はほぼ更地のようになり、わずかに残った人々がほそぼそと生きながらえているだけだった。
自分の身を見下ろしてみても驚いた。足は痩せ細り、腕も欠損していた。
身を引きずるようにして、自分の兄弟や子どもを捜してみたが、どこにも見つからなかった。きっと死んでしまったのだろう。
彼は泣いた。
ある日、また空が陰った。
今度は大きな丸い塊が落ちてきた。
地面に着地し、柔らかくたわんだそれは町を飲み込みそうなほどに大きく、そしてとても甘く、栄養豊富な食べ物だった。
むさぼるように人々はそれを食べ、元気を取り戻し、むくむくと国は肥えた。
彼もそれを食べ、しわくちゃだった腕も顔もつるりと張りを取り戻した。
光を取り戻した目で彼は大地を眺めた。
失ったものは仕方がない、家族はこれからまた増やせばよい。
人生はそうやって続いていくのだろう。
そうやって人々が前向きになったとき、肥え太り血気盛んになった民族同士で内戦が起きた。
甘い栄養豊富な食べ物を巡って、奪い合いが始まったのだ。
彼もそれに参加した。
天からの恵みは次、いつくるのかわからない。より強く生きるためにそれはどうしても必要だった。
その時また、空が陰った。
細かな雨がシャワーのように降り注いだ。
その瞬間、彼は息絶えた。
ハンドクリーナーで掃除されたテーブルに、ぽたりと生クリームが落ちた。
話に夢中な女性二人はそれに気づかず、やがて会計をして出て行った。
店員が食器を片付ける。
彼女は仕上げにアルコールスプレーを入念に噴射して、丁寧にテーブルを拭いた。
ずっと前からこうしている気がする。もしかすると世界が始まってからずっと。
いつどのようにして始めたのか、実感としてぼんやりしている。もちろん頭ではつい5分くらい前からだって分かっているけど。
練習の最後はおなじみのダッシュで締める。25メートルくらいを30本。もう日は落ちて辺りはどんどん暗くなっていく。それまでの練習でくたくたなので、このダッシュは本当にきつい。
3本目くらいで早くも、もうろうとしてくる。半分無意識の中で、ピッという笛の音を聞き、走り、列に並んで次を待つ。まだまだ先は長い。永遠に終わらないのではないかという感覚になってくる。ずっと走り続けてきて、これからもずっと走り続けていくのではないかという気がしてくる。
それは人生についての感覚と同じかもしれない。自分の生年月日は知っているし、自分の生まれる前にも世界はあって、お父さんやお母さんはその世界でリアルに生きていたのだということも知っている。だけどやっぱり感覚としては、世界が始まったときから自分は存在していたし、これからも永遠に存在し続けるのだという思いが離れない。自分が死んだ後の世界など想像もつかないし、自分が生まれる前の世界も実際のところ想像がつかない。
ダッシュは続く。もはや何も考えず、ただひたすらに走る。
やがて「あと15本」の声がかかる。ようやく半分まで来た。まだあと半分もあるという考えと同時に、あと半分で終わりだということが意識にのぼる。
1本、また1本と笛の音とともに走る。「あと10本」の声がかかる。もう3分の2が終わっている。永遠に終わらないのではないかと思っていたものに、終わりが見えてくる。あと少しだということが実感されてくる。
「あと9本」「あと8本」
体はますます疲れ、くたくたになっているが、心の方は残りはあと何回かに集中している。あとどのくらい頑張らなければならないのかに気持ちが向いている。
「あと5本」
もう完全にカウントダウンの段階。ダッシュの時間はあとわずか。「3本」「2本」そして、「ラスト」の声がかかる。「おー」とみんなが答える。走り終わったとき、倒れこみたいような気分になる。膝に手をついて肩で息をする。まだ体操がある。軽い体操をしてから解散となる。
着替えて帰りのバスの中、もう真っ暗な窓の外にコンビニのあかりがまぶしい。
さっきまでの走っていた時間は、あれは夢だったのではないかとそんな気がする。
久しく見ていなかった白々しい快晴の朝に、ブリザードの景色は何度もフラッシュバックした。すると今でも雪の海をラッセルしているかのようで、妙な浮遊感があり、まともに歩いている自分を忘れそうになる。もちろん膝はがくがくだ。あのときよりもずっとクリアに、先輩の声がした。後ろからベルの音。振り返って思わず立ち止まる。
にこやかに私を抜き去った直後、先輩の乗る自転車は前輪が雪の穴に嵌ったらしく、そこを軸に彼ごと大回転を描いた。幸い先輩は運動神経が良いから、身体が車体の下になる前に空中でサドルから離脱し、脇に積まれたまだ柔らかい雪の小山へ無様にダイブした。
「うわーびっくりした。何が起こった!?」
先輩は運動神経は良いけれど、馬鹿だ。
「下水の熱で、マンホールのところだけ雪が融けてたんですよ。そこらへんボコボコ空いてるでしょう」
「あ、あー、それな」
「通行人に見られると恥ずかしいから早く起きてください」
コートを乱してもがく先輩を横目に、林道をふさぐ倒木のように引っ繰り返った自転車に手をかける。ゆっくり引き起こすと、サドルの位置は私の腰よりも高い。
「なんか冷たいなーお前。熱出てたんじゃなかったの?」
「誰のせいですかそれ。これを機に先輩もインフルエンザでのたうちまわってください」
先輩が体中の雪を払い落としているあいだ、私は雪のついていないハンドルやサドルを撫で回しておく。
「悪い悪い、冗談だよ。今度全快祝いで奢ってやるから元気出せ」
「慰謝料分も盛ってくださいね。フレンチで」
「それはお見舞い品の分で勘弁して……」
馬鹿を言え、暇だからという理由であえてスノーモービルを使わず、積雪を測るためにスノーシューで山林を連れ回された夢のような数時間から、いまだに私は解放されていないのだ。あんなに辛い、そして中身のない業務は初めてだった。地吹雪と吹雪の中で亡霊のように巨大なダケカンバの樹群が浮かぶ。確かなのは、膝上まである雪の海を率先して進む先輩の姿だけだった。彼からもらった生姜湯とチョコレートを、あんなに理不尽な状況でもおいしいと感じた自分が悔しい。
ばつが悪そうに先輩は私から自転車を受け取り、隣を歩きだす。四月になってこの人が転勤してしまったら、絶対に悪口を言い触らしてやろうと思う。
「まあいいですけど。楽しかったし」
「……まじか」
こういうときに限って先輩は私の方を見ない。やはりこの人は馬鹿だ。
今日は部活の午後練が休みだった。だから、家に帰ろうといつもの各駅停車に乗った時、あたりはまだ明るかった。
毎日登下校に使う路線ではあるが、窓の外を眺めることはあまりないから、たまに眺めると、だいぶ新鮮に感じられる。窓から、ほんのりオレンジ色に染まって見えるのは、住宅街、畑、学校……特に変わったものはないけれど、電車から見る景色というのは、なんとなく特別である。
この速さ、視点の絶妙な高さ、独特の揺れ……
私はそんなものを堪能して、そして明日が提出日の課題をふと思い出して、軽くため息をついたのだった。
電車のドアが開いた……降りなくては。少し重いカバンを持って、ホームへ降りた。
比較的利用者の多い駅だから、4時ごろという微妙な時間でも、階段の前には結構な人だかりが見える。電車の後方に乗っていた私は、電車から降りるとその人だかりを遠目に眺めた。そして人だかりに向かって歩いていった。ふと足が止まった────あの人がいる。
すっと高い背丈に、ほんの少し頼りなさそうな、でも優しい背中が、目に入ったのだった。それしか見えなかった。どうしてここにいるのかもわからなかった。だけど、間違いない。あれは、私の知ってる、あの人だ────とっさに私は全力で走り出した。階段前でスピードを少し落とし階段の人だかりの中に突っ込んでいき、人にぶつからないように注意しながら、それでも人にぶつかりながら、階段を勢いよく降りていった。その勢いのまま改札を出て、そしてあたりを見回した、必死に見回した、足が止まった────もう、いなかった。
心が足元にストンと落下する音がした。カバンを持つ手もストンと落ちた……あの人だったのに、絶対、あの人だったのに。そうなのに……会いたかったのに。
もう二度とあの人に会えない気がした。そんな絶望だった。私の視線はまっすぐ前から動かない。冷ややかな視線が向けられる。さっき階段を降りた時にぶつかった人たちからの、冷たい視線だった。私はもう動けない。膝が動けない。
改札を通る時の「ピッ」という機械音が、私の中で繰り返し虚しく響いていた。
「優秀なお子さんがいてうらやましいです」
「いいえ、それほどでも」
「鷹を生むというやつですか」
「トンビですけどね」
*
「仲が良くてうらやましいです」
「いいえ、それほどでも」
「おしどり夫婦ですね」
「いいえ、雁ですけどね」
*
「情熱的なダンスですね。フラメンコですか」
「フラミンゴです」
*
「夫婦ゲンカですか。お盛んですなぁ。お互いもんどり打って」
「いいや、めんどり打ってんだっ」「いいえっ、おんどり打ってんのよっ」
*
「あのカップルは落ちるぜ。格好のカモだ」
「郭公“と”鴨の間違いでしょう?」
*
「私は宙に浮くことができます」
「超能力者ですか」
「オウムです」
*
「立て込んどるか揉めに揉めたか、これ以上話をこじらすことに、わしはやぶさかではない」
「立てコンドル、カモメに揉めタカ、ワシハヤブサ
*
「声をからすか、うがいをするか」
「鵜飼じゃないっス、ウグイッス」
*
三面記事をお伝えします。
今日、禿輪市の小黒市議が美水区役所に来庁。同市区で頻発している類似の掏摸・詐欺等の犯罪について意見を述べました。一方、会談した大歯区長はといえば、目を数回つぶり、口もつぐみ、熱心にうなずきつつ聞いていたかと思えば、ラジオの株取引ライブ放送に夢中だった様子。区長は「市議の話が単調で、耳に入れつつもずっと為替見通しが気になってしょうがなかった」と釈明しています。
浦賀港では渦らしきものが発生。引きずり込まれそうになったペリー艦隊は、船員の機転によって最悪の場合を逃れた模様です。提督によると「ニッポンスキデスカラ、キタダケデマンゾク、コノヒコノトキ、ニッポンニャニッポンノヨサアリマス、ダカラ、イッペンノクイナーシ、トオモッタケレドモ、アノミハリバ、ミハヒバ、ミハヒバリンバン、エ、アア、ミハリバンネ、ヤツガシラセテクレタカラ、ミナブジデス、オッケー、カイコクシナサーイ」とのことです。
事の詳細はちくま書店発行の冊子に掲載中。なお、当記事執筆には二十羽の刊行鳥さんにご協力いただきました。(担当記者)
*
「先生。僕はガンなんですか」
「……」
「ガンならガンだとおっしゃってください」
「……分かりました。あなたの病名は」
「僕の、病名は……」
「ガンです」
「いいえ、僕はおしどりですけどね」
*
「座ろう。立ち小便するつもりかい」
「ツバメ界じゃ普通のことさ。それに」
「……それに?」
「立つ鳥あとを濁さず、とも言ってだね」
何もない冬だった。
俺は舗道を歩きながら、後ろから付いてくる女を気にしていた。
わざと横道に入ったり、急に立ち止まったりして様子をうかがったが、女は白い息を吐きながら、素知らぬ顔で放射線測定用のモニタリングポストを眺めたりしている。建物の角を曲がって待ち伏せすると、驚いた顔をした女と目が合った。
ちょうど雪が降り出してきたので、俺は思わず空を見上げた。
ずいぶん遠くで犬が鳴いている。
「私を買って欲しいの」と女は言った。
女の声はやっと聞こえるぐらいの大きさで、肩はもう雪で白くなっている。
俺は財布から2千円取り出して女に渡した。そして、もう付いてくるなと言って女と別れた。
次の日、街角には子どもらが作った雪だるまが地蔵のように並んでいた。頭にビール瓶が刺さった雪だるまを眺めていると、後ろから腕を引っ張られた。
昨日の女だ。
「やっぱり返すわ」と女は言って、俺に2千円を差し出した。
じゃあこの金で昼飯を食べに行かないかと誘うと、女は無言でうなづいた。
アウシュビッツという看板の安食堂へ入り、俺がチキンソテーを注文すると女も同じものを頼んだ。ときおりテーブル越しの女と目が合ったが、少しも照れることなく、まるで犬でも見るように俺を見ていた。女はボサボサの金髪で、眼の中に緑色が光っている。
お前の眼は海の底から拾ってきたガラス球みたいだなと俺は女に言って、食堂を後にした。
それから何もない冬が一日ずつ過ぎていったあと、街角には小さな花が咲いた。
いつもの舗道を歩いていると、丸くうずくまっている女を見かけた。俺は戦場の死体を眺めるようにやり過ごしたが、次の日も、その次の日も女はそこにいる。十日ばかり過ぎた頃に、つま先で軽く背中を蹴ると、女は小さく声を上げた。
俺は女を部屋に運んで、温めたミルクを飲ませてやった。すると女はひどく咳き込んだあと緑色の眼を開いた。
「私、ミルク嫌いなの」と女は言った。「でもありがとう、チキンソテーさん」
俺は女をソファーに寝かせてやり、そのあと自分のベッドに入って横になった。眠れないまま壁を眺めていると、毛布が静かにめくられて女が入ってきた。
俺は男として役に立たないんだと言うと、女は知ってると答えた。
朝、目を覚ますと女は消えていた。
「やっぱり2千円はもらっておきます」というメモが俺の額に貼り付けてあった。
窓の外は、あのときと同じ雪が降っている。
私の子供は、生まれたときから老人だった。
生まれたての赤ん坊の、真っ赤でしわくちゃな顔とは違って、乾いて黄ばんだ顔だった。悲しいような疲れを漂わせた醜さに、若い医師も世慣れたような看護婦も、同様に表情を消した。
「私はこんな子産んでません」
妻は息が抜けたようにそう呟いて、それきり正気の境には戻ってこなかった。
私の子供は育って益々老人だった。二歳の頃には耳に障害があることがはっきりしており、そのせいだろうか言葉も不明瞭だった。
私は子供の世話の大体を乳母に任せていたが、気が向いたときには縁側で子供と二人、寝転んだ。
ふすふす、と頼りない呼吸を繰り返す我が子は、三歳でありながら百歳の老女のようだった。
五歳の頃、私が絵を描く様子に珍しく興味を示したので、使っていた絵筆を持たせてみた。
白いキャンバスの上に青い線がしん、と引かれた瞬間、私はこの子の鮮やかな叫びを聞いた。
世界を彩る色を現す方法と、食べたものや見たものをそのまま紙の上に写す技術を彼女は最初から持っていた。
それは七歳の頃にはほとんど完璧となる。
子供の絵を見た乳母は、興奮に顔を赤く染めた。
この子は女の子の一生分の幸せを捨てて、絵のために生まれてきたんですよ!
その後の記憶はやや曖昧だが、乳母を殴ったことは間違いないらしく、警察所のようなところで警官二人にこってり絞られた。
日が暮れた我が家に帰ると当たり前だが乳母はおらず、老婆のような我が子はくしゃくしゃの画用紙を抱えて一人、テーブルの前に座っていた。座ったまま、漏らしていた。
「ごめんな」
ぽつりと言って、初めて我が子に頭を下げた。
ふがふが、と鼻をならして、老いた娘は笑うように泣いた。
風呂上がり、よたよたと歩き回る娘をどうにか寝かしつけ、くしゃくしゃに丸まった画用紙を広げてのばす。ためらいと動揺が、刺さるような線で何本も何本も引かれていた。
この子は溢れんばかりの才能を持ちながら、私に頼らなければ生きていくことすらままならないほどに醜く幼い。
それなのに、と私は一人泣いた。それなのに私は彼女に嫉妬している。
こんなにも哀れな娘に。
私は声をあげて泣いた。耳の悪い娘は寝ている。どうか気づかないでくれ。
今夜一晩泣かせてくれたら、明日も娘と生きていける。
ふられた方が泣くのは分かるが、ふったはずの方が胃が痛いと言っていた。出社して早々、心配された友人に「どうしたの」と訊かれると、僕をふった彼女は消え入るような声で「分からない」と答えていた。
その日の岐路、釈然としない思いと嫌悪感に苛まれながら家のドアの鍵を開けた。
ぼんやりとした気分のまま風呂場へと向かった。服を脱ぎ、浴槽の蓋を取ってみたが、あるのはお湯を抜いたままの浴槽で、湯気の一つも立っていない。空の浴槽に入ると、足を抱えてうずくまった。抱いた体からは体温を感じた。外は冬の夜だった。
蛇口を捻った。足が水に触れた。水は恐れているように、でも着実に、僕の体を浸していく。
浴槽の壁を見てみると、うずくまった、くすんだ体が映っていた。壁に映る二の腕は筋肉が浮かんでいて、大腿部は太く醜い。その褐色の体からは動物のような生々しさを感じる。膝の間に頭を沈めると、目をつむった拍子に両目から涙が落ちたのだった。
しばらくすると水面は鼻の先まで来た。体はゼリーの中にあるようで、水はロウのようにこのまま僕を抱きながら固まっていってくれそうに思えた。
水面に手を出すと掌を合わせた。親指を顎に、人差し指を眉間に当てた。目の周りは今日流した涙で固まっていた。何に祈ればよいのか分からなかった。またどんな言葉で祈ればよいのか、何の言葉も出てこなかった。
それまでは何ともなかった。代わり映えのない、でも平穏な日々が流れていた。
僕が好きになることで彼女は傷ついた。ずっと目の前にいてほしくて手を伸ばした。すると、祈るべき「何か大きな物」に失意の目を向けられた。彼女は優しい。だからこそ気を病んでいる。僕はただただ、神とも太陽とも運命とも呼ぶような、大きな何かに向かって手を合わせるしかなかった。
蛇口から流れ出ているのはただの水だけど、冷たさは感じなかった。いつしか水面は頭を越え、髪の毛は静かに漂った。
祈る事ができる。祈る事しかできない。僕の想いは災いの素だ。災難。災害。僕に好かれたのが運の尽き。世界は受け入れてくれない。僕の愛情を注ぐことが正義になる人は、この世に居ないのだろうか。彼女はその人ではなかった。僕のせいで傷つけてしまった。好きな人なのに。ごめんなさい。ごめんなさい。
水はすべてを浸してくれて、涙も何も分からなくなっていた。頭上から音楽が流れると機械の声がした。
お風呂が 沸きました
職人が作った水花火は、水のなかで咲く。花火が水に映じたのではなく、正真正銘、水のなかで光るのだ。なぜ水のなかで火を灯すことができるのか定かではない。職人に聞いても、他言無用の技だと言って教えてくれない。村人たちはただ愛でるだけだ。
口を開けたまま見入っていた子どもが、その手を水花火に伸ばしたまま水に落ちた。助けに行く者は誰もいない。みなそういうものだと思っている。
やがて子どもが打ち上がる。空いっぱいに火花を散らし、辺り一面に光をまく。綺麗だねぇと言って見上げる村人たちの顔に、ぼとぼとと光の飛沫が落ちてくる。みな何ごともないかのように、その赤い飛沫を手のひらで拭う。新年のお祝いなのだ。
子どもの親だけが泣き崩れる。神に魅入られたのだから仕方のないことだと、村人たちがその背中に手を置き、代わる代わる声をかける。親の泣き叫ぶ声はおさまらない。
職人はその声を聞きながら、次の水花火のデザインを考える。今度はもっと大きな火花がいい、何重にも暈がかかるような、そんな大きな花火を作りたい。
村には七人の子どものいる家がある。