第148期 #7
これは小学生だったころの話だ。ぼくは友香という同級生の女子から教授と呼ばれていたんだ。ぼくは夢水清志郎というキャラクターが出てくる小説を好きでよく読んでいてさ、友香がそれを見つけてあだ名をつけたんだ。友香もあのシリーズがお気に入りだったんだ。まあ、友香はぼくのことを教授と呼ぶばかりで、話のスジとか、他のキャラクターについてとか、そういうことはぜんぜん話さなかったけど。でも友香はコミック版をよく持ってきていたっけ。
ぼくと友達。それから友香と友香の友達。
いつのまにか集まるようになっていた。あわせて7人か8人くらいでさ、図書室を陣取るようになって、ぼくらは20分休みやお昼休みのたびに飽きもせず集まった。図書委員が何人かいたから、本来なら昼休みに開館なんだけど、午前中から鍵を開けられたんだ。あんなに毎日、何を話していたんだろうなあ。ぼくは思いだしたいんだけど、あまりにささやかなことは記憶に残っていないみたいなんだ。
……でも、緑色の表紙の図鑑があった。植物とか、動物とか、鉱物とか、もしくは工学とか、そういったものを図版入りで解説している大型本だよ。さっぱりわからなかったけど、ぼくはそれを友達と覗きこんで、「すごい!面白い!」なんて知ったかぶりしていた。貸出カウンターの下側に大量の使われていない国語辞典を見つけた日、ぼくらはそれの箱を外して、40冊くらいあったから、新書サイズのそれをフリスビーにして図書室内で投げて遊んだことがある。あれはよくなかった。でも、射撃ゲームみたいで、あるいは雪合戦みたいなもので、とても楽しかった。
ぼくはその光景を一生忘れないだろう。
ぼくは朝に弱くて、登校はだいたいギリギリだったんだけどさ、あれは冬の日だった。小学校はL字型校舎で、二棟の建物とそれをつなぐ渡り廊下があって、友達たちがその渡り廊下に集まって話していた。それで友香が校門をくぐるぼくを見つけたんだ。
友香が言った。「おーい!教授!おはよー!!」
大きな声だったから何人か振り向いてぼくのことを見た。ぼくはびっくりして立ちどまった。ぼくは友達が少なかったからさ、笑いかけてくれて、手を振って出迎えてくれる友達なんてはじめてだったんだ。しかもそれが好きな女の子だったんだ。
ぼくは手を振りかえした。それで気づいたほかの友達たちも、口々に「おはよう!」と叫んでくれて、ぼくは嬉しくて渡り廊下まで駆けていった。