第148期 #20

ガブリエル

 ガブは異国人だった。好い男。身長が高く日本人よりも脚が長い。身長百八十。優しかった。日本の女によくモテた。
 留学で来日してそのまま日本の商社に勤めたが三カ月で鬱になって休職した。今は働いていない。当然家賃が支払不能になった。付きあって三年の恋人の家に厄介になった。
 ガブの恋人の名前が美陽で、美陽の男友達が田村だった。
 ガブちゃんが鬱になり、長躯を持てあましながら東京は葛飾の台所付二間で日ねもす転転とベッドの上で異国文化の軋轢に悶々とするようになってからこの一年、田村は美陽に乞われて度々ガブちゃんに転職の斡旋話や気晴らしの四方山話をした。

 田村が美陽とのやはり共通の女友達の望実と居酒屋で飲んでいる時だった。ガブの口癖の話になった。
 望実が言った。
「天使みたいです」
 天使みたいです、がガブの口から頻繁に繰りだされるフレーズで、お里違いの周囲の日本人にとってはその彼の宗教上のキャラクターが彼自身の中でどれほどの含意があるのか皆目見当もつかなかったが、その単語を発する時の彼のばら色に染まる頬の映像的魅力を目の前にすれば、彼がそれを言い放つ時に快い按配にあるということは充分に分かった。
 望実が言った。
「こないだガブちゃんにマッサージしてあげた時に言われた」

 田村と望実の二人でガブと美陽の部屋に泊まりにいった。深夜に田村が起きると美陽とガブがセックスしているのを見た。望実も一緒に参加していた。
 翌日になって田村がガブにその件を問うと、ガブは内緒にしてと言った。交接の最中に中折れして不発だったから恥ずかしいのだと説明した。
 この四人関係を仕舞にしようと考えていた田村が他言無用を請け負うと、ガブは田村のことを天使みたいですと表現した。
 田村は思った。宗教云々ではなくあの言葉はこの世界での彼なりの処世術だ。それなら俺も仏になってぜんぶ許してやろう。仏の顔も三度まで。

 田村は国際的乱交グループから距離を置いた。しばらくしてあの人倫の外道たちが仲良し三人暮らしを送っているらしいと遠くに聞いた。田村は心の環境保全のために一切を忘却の川に流した。
 ただ天使という響きは忘れられず、結婚して自分の子供が生まれるという時に、御利益があろうかと大天使と書いてミカエルと読む名前を付けようとした。が嫁に却下された。甘んじて神道か仏教から採用と思ったが、あいにくそれほどの知識もなく名前はまだ決まらない。



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