第148期 #10

袋小路にて

貴女を愛している。貴女を愛することができる。こんな感情が私を生かし、こんな感情が私を苦しめる。いつからこんな袋小路に迷い込んだのか。

「貴方の名前は?」ボーイが私に質問する。
「エドワード・ハイド。」私は明朗に発音を行った。
「そうですか。貴方の部屋へご案内いたしましょう。」
「地獄というところは空調が効いているのだね。ここは地獄だろうか。」
「左様。」
私は幾分、彼の返答に期待したのだが答えは素っ気ない。ボーイはただ一言、振り向きもしなかった。
「こちらになります。」
―706号室。いやに普通だな。
私は躊躇した。
「大丈夫ですよ。時間はいくらでもあります。心ゆくまで躊躇していただいて結構。」
「ははは。ではそうさせてもらうよ。」
私はどっかりとドアの前に腰をおろし、煙草を取り出した。火をつける。煙をしっかりと肺へ送り込む。私は生きているはずだ。いったい何が私を苦しめるのか。ボーイは廊下の角を曲がって姿を消す。紫煙の漂う先には天井と染みが見える。蜘蛛の巣はどこだろうか。床に敷かれたカーペットの座り心地は悪くない。それでも、満足など出来やしないのだ。706号室のドアを開いて、その先の恐怖を覗くほかなかった。吸い殻を脇に放る。すでに私は地獄の業火に焼かれているのだ。手は汗を握っていた。

「行き先はどちらになります?ハイド氏。」
 顔中に張り付いた笑みを、引き剥がしてやりたかった。



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