第147期 #7
学校からの帰り道、どこかよさげな住宅の並ぶいつもの道を歩いて、家へ帰ろうとしていた。普段は音楽を聞きながらただ歩く道だけれど、その日は、偶然にも20mほど手前を歩いていた制服姿の幼馴染を見ていた、というよりも観察していた。
彼は近所に住んでいて、同じ幼稚園に通っていた。でもそれだけだった。小学校も中学も、もちろん高校も違う。姿こそたまに見かけるけれど、もう10年は話をしていなかった。いわゆる『初恋の人』だったような、そんな気もするけれど、そんなことはどうでもよい。どうでもよいのだ。
車の通りがほぼない道だからか、彼は歩きながら本を読んでいた。フラフラ歩いていた。電柱にもぶつかっていた。痛そうに頭を撫でると、またすぐに歩き、本から目を離さなかった。そんな彼の様子を、私と、訝しげな顔をしたお婆さんと、美味しいバターが溶けたような夕焼けが眺めていた。
本を読みゆっくり歩く彼とただその斜め後ろをスタスタ歩く私の距離は、次第にすーっと縮まっていって、とうとう横に並んだ。
一体何をそんなに夢中で読んでいるのか……彼の持つ本の題名が気になって、私は、話しかけるには少し遠い距離から、左にいる彼の、本を持つその手元を覗こうと、ほんの少し頭を落として、彼に目をやろうとした──それがたぶんいけなかった。その瞬間にこちらを見られてしまったのだ。
私は目が合う寸前にさっと右を向いて逃げた。彼に嫌な顔をされた気がしたのだった。実際どうなのかはわからなかったけれど、どうにも怖くて、落ち着かない心地で、正面に向き直ることすらできなかった。右を向いたままの私の目の前には赤い椿が花を開いていた。なんとも深い赤だった。
私は右を向いたまま歩き続けて、そして彼は本を読みながら、分かれ道で左に歩いて行ってしまった。北風がひゅうと吹いた。いつもの猫が私の前をてくてく歩いていた。私もスタスタ歩いて家へ向かった。
結局、私は彼が何を読んでいるのかわからなかった。