第147期 #5

12月の雪と夢

 ここの時計って、こんな音してんのか。
 普段の静かな時間、たとえばテスト中は諦めたら寝てるし、授業中はほぼいつも寝てるし。そもそも学校には部活と学食食いにきてるだけだし。
 そこにこれから恋愛が加わるのかと、わくわくした5分ほど前の俺。いや、雪で部活が中止になり、帰ろうと下駄箱に向ったら、そこから手紙が落ちてくるという、べたべたな展開に浮足立った一時間半程前の俺。どっちにしろ、まさかこんなことになろうとは思ってなかった。
 暖房が、教室に飾られている習字のぺらぺらな紙をカサカサ揺らし、皆の「夢」の字が波打っている。
 雪野は、びろびろに伸びたセーターの袖をいじくりながら、丸い目を真っ直ぐ俺に向けて待っていた。たまに足を動かすとき、むき出しの膝が俺のズボンをかすめる。机一つ分の距離で対峙するこのシチュエーションは、これから始まる男女にとってドキドキ的なものであるべきなのに、俺にあるのは焦りばかりだ。
 そこそこ美人で、テニス部で、どっちかいうと華奢な方で、スカート丈が適度に短い女の子に告白されて首を横に振る17歳男子なんて、いんのかよ。いねえよ。
 そう言えたらどんなに楽かとこの5分で何十回と考えた。俺にはまだ雪野がそれを言ってどんな反応をする女の子なのかすらわかっていない。だから、彼女のどこが好きかなんて質問に、外見以外で答えられるわけがない。この結論にも何十回と至った。
 だけど雪野は待っていた。たまに下唇をかんだり、瞬きをしたり、セーターの袖をいじったりしながら。真っ直ぐに待っていた。この子めちゃくちゃ面倒な子なのか。と遅すぎるタイミングで気付く。
 ぼん、という暖房の切れた音と、五時のチャイムが同時に鳴った。
 最後にカサリと波打った、紙からはみ出しそうな「夢」がやけに目に付いた。
 雪野、雪野は、
「字が……なんか……豪快なところ… 」
 ゆっくり雪野に視線を戻す。瞬きを一度した雪野は、目を柔らかく細めて笑って、なんだそりゃ、と肩をすくめた。そして、いやになった?と、やっぱり真っ直ぐ俺を見て、ふたつめの質問をなげかけてきた。
 いやじゃない、と今度は即答したのは、甘いクリスマスに期待したの半分。もう半分は、はみ出しそうな「夢」が、なんだか本当に、かわいく思えてきたからだと。彼女がどんな子か分かって、ひとつめの質問にも即答できるようになったら、話そうかと思う。



Copyright © 2014 鈴木哀 / 編集: 短編