第147期 #2
音が揺れる。波となって押し寄せ、わたしの肌へとまとわりつく。皮膚と皮膚のあいだ、体毛の生い茂るあいだ、爪の隙間にまで這い込んで、わたしを埋めつくす。気づいたときには、音の洪水だ。
堪えがたい騒音が続いたあと、音はさやさやと引いていく。関節の屈曲、皺がつくりあげる凹凸、ゆるやかな髪の流れに沿うように遊び、煌びやかなハーモニーを形づくりながら、フェードアウト。わたしは取り残される。
歌ってもいいのだと思う。そのために音は遠くからやってきたのだ。けれども、わたしには音を留めおける力がない。ただ寄せては返す音の波にまかれ、ゆらゆらと時を過ごしている。
歌で人をおびき寄せる生き物がいたのだという。それはいったいどんな景色だったのだろう。自分の奏でる音がはっきりとした形をもって他者を動かす。それはどんな喜びだったのだろう。
今のわたしに歌はない。誰とも歌い交わすことなく、ひとり。ざらざらとした砂の上に座り、少しずつ、少しずつ、埋まっていく。
音がやってくる。か細くリズムを刻む小さな小さな音が、やがて絡まり、他の音をおびき寄せ、大波となって押し寄せる。砂は音になぶられるように動いて鮮やかな線を描き、その中心にはわたしがいる。わたしは少しずつ埋まっていく。
せめて歌があればいいのにと思う。けれども、わたしには砂と対峙する声がない。指を、足を、手を、少しずつ砂に埋めながら、わたしは送別の音曲にまかれ続ける。