第147期 #13
田園風景の中を、二両編成の鈍行列車は走り続ける。爽やかな風が青田を吹き渡り、稲穂が心地良さそうにゆらゆらと揺れていた。
「ねえ、本当に雨が降らなければいいんだけど」
と、シーナは今日で三回目ほどになる同じ台詞を呟いた。既に彼女は缶ビールを二本空けて上機嫌である。飲み過ぎだ、と私が軽く窘めると、彼女は笑いながら言った。
「だって、本当に楽しくて」
まだ、彼女が学生だった頃、彼女はこの電車に乗って毎日のように通学をしていたという。人がまばらな車内はどこか懐かしさすら覚え、辺りを見渡せばそこに学生の頃の彼女の姿を見つけることが出来るようなそんな気さえした。
窓から見えるあれこれをシーナは指差しながら、私に様々な話を聞かせてくれる。それはどれも些細なものではあるのだけれど、あまりに彼女が楽しそうに話すものだから、聞いているうちにこちらまでもが自然と笑顔になってしまう。頬杖を突きながら眺める車窓の風景は、どこにでもある退屈な田舎の風景に過ぎない。しかしながら、彼女にとってはこの風景こそがこの上ない大切な宝物であることは間違いないのだった。
故郷とは何だろうか。ふと、私は考える。転勤族であった父のおかげで、思えば子供の頃から私はどこかに長い間根を張って暮らすということがなかった。一つの場所を捨てて、また次のどこかへ移り住んでいく生活。それはまさに今、車窓を流れていく風景のように、日々物凄い速さであらゆるものがどこかへと過ぎ去っていってしまう。それをどうにかして手の中に残しておきたくて、それでもまたすぐに違う風景が私の目の前に現れるから、私の手の中はいっぱいになって、泣く泣く何かを捨てなければいけない。そんな繰り返しだ。不器用だったのかもしれない、とも思う。だからこそ、まったくいい歳をして恥ずかしい話ではあるのだけれど、彼女の姿を見ていると私は心のどこかで羨ましさと嫉妬を感じている自分を隠すことが出来ないのだった。
「ねえ」
シーナが言った。彼女は三本目の缶ビールのプルタブに指をかけている。
「私、あなたを案内したいところがたくさんあるんだよ」
窓から差し込む陽光の下で、彼女の満面の笑みがパッと咲く。私は何だか呆れてしまうような気持ちの中で、いよいよ私までもが楽しみになっている自分に気が付くのだった。
気だるい車掌のアナウンスが車内に響く。もうすぐ、列車は彼女が生まれた街へと到着する。