第146期 #8
5時間目の、古典の授業が始まった。
──春は曙。やうやう白くなりゆく、山際少し明かりて──
先生が優しい声で、ゆっくりと、春の日の小川のきらきら流れるように読んでゆく。それを右耳で聴きながら、僕はぼうっと左の窓から見える中庭を眺めていた。
お昼ご飯を食べたあとだから、体の中からぽかぽか眠たい。耐えなければ……ああ、外が綺麗だ。本当に、春の陽気だ。クラスで中庭に作った畑を、影を作って邪魔することだけは喜ばれないが、おおらかで、綺麗な、ずんと大きく伸びた木。何の木かはわからないがその木は、そよ風に吹かれ日を浴びて、ちらちら白く光りつつ、コクリコクリと枝をもたげる、これまたずいぶんと心地の良さそうなものである──枕草子の清流はまだ、ゆったりと流れてやまない──中庭に何か飛んできた。スズメだ。ぴょんとはねながら、水たまりのそばによって、先客のハトと共に水を飲んでいる。仲がいいらしい。それを喜ぶ黄色の何かが、ひらひらふわりと舞っている。君は何かと問いかけた。紋黄蝶だと返ってきた……
がん、と殴られた。突然頭を殴られた。
はっとして咄嗟に、誰だい殴ったやつは、と軽く憤りをおぼえながらあたりを見回した。見ると他の生徒は皆、先生か黒板か教科書かノート……とにかくその辺りを、平然と眺めていた。それだけだった。僕はきょとんとした。そうか、ああ、誰でもなかった。自分だった。あの夢心地から、こっちに戻ってくる衝動で、自分が、自分を殴ったらしかった。目ははっきりと覚めた。だけど、頭がまだ覚めない、まだ紋黄蝶が飛んで、僕を出迎えている気がするのだ。不思議な感覚だった。
視線が再び中庭に向きかける。しかし、いけない、授業中だ。クッと前を向いた。先生が黒板に板書を始めているのに気がついた。それと同時に頭も覚めた。僕の視線はそのまま黒板に吸い込まれていった。
その紋黄蝶は隣のクラスの方へ飛んでいった。