第146期 #4
大学の友人であるタイチが、改めて話があると言う。俺たちはファミレスで待ち合わせて席についた。
「実は俺の描いた漫画を読んで欲しいんだ」
タイチが早々に話を切り出す。タイチが漫画を描いていると聞いたのはこれが初めてだ。正直な気持ちを言うと、とても意外だった。
「原稿持ってきているんだろう? 読ませてよ」
「よろしく頼む」
タイチから原稿を受け取り、一ページずつ読んでいく。怪獣が一人の少女に恋をする恋愛物語。最初は素人の描いた落書きだと思っていた。だが、
「すまん、ちょっとトイレ」
俺はそれだけ言うと、原稿を机に置き、平静を装いトイレに入った。
個室のトイレに入り、俺は堪えていた涙を一気に放出した。涙が延々と止まらない。それだけタイチの漫画が素晴らしかったのだ。
絵は荒いし、物語も稚拙。だというのにタイチの漫画には人の心をつかむ何かが確かにあった。
俺はあまりにもタイチの漫画に感動し過ぎて、便器に吐瀉物をまき散らした。こんな体験は初めてだ。人は本当に感動すると、気持ちが高ぶり過ぎて嘔吐が止まらなくなるらしい。
落ち着きを取り戻し、トイレの掃除をすると、俺はタイチのいる席に戻った。タイチは不安そうに俺の様子を見守っている。
「あの漫画、他の誰かには見せた?」
「マモルが初めてだ」
つまりは俺以外には見せてないという訳だ。それを確認した上で、俺は原稿を手に取ると感想を語り始める。
「絵は荒いし、物語も稚拙。特にこれといって見所もないし、素人の落書きって感じかな」
俺の論評にタイチは明らかに落ち込んだ様子だった。
「うーん、やっぱりこれじゃダメか」
「そうだな。他のやつには見せない方が良いよ。恥をかくだけだから」
「わかった」
俺はタイチに原稿を返し、タバコに火をつけた。ふぅーっとあたりが白い煙に包まれる。
「それにしても」
「やっぱりプロの漫画家は言う事が違うなぁ」
タイチが尊敬のまなざしで俺を見つめる。
俺、少年タックル連載漫画家、久村マモルはこうして一つの才能を握りつぶし、ライバルを一人葬った。