第146期 #15

しのびめし

 大学を出て晴れて忍者になったものの、何年経ってもやらされることは簡単なおつかいや雑用ばかり。そのうち「こいつが食事当番の時の飯がうまい」という話から当番を固定にされ、今では新設された台所長として腕をふるっている。なんでだよ。一人暮らしの経験が変なところで役に立ってしまった。自分はもっと忍者っぽい任務に憧れていたのに。
 とかなんとか考えながら雑木林を進む。忍者の基本は隠密行動である。枯れ葉の音を立てないように慎重に歩き、目的の岩に隠された目立たないパネルにパスコードを打ち込む。

【yama?】
「kawa」

スーッと岩に一線が入り、人が一人通れそうな隙間が空いた。素早く入って中から閉じ、まとっていた光学迷彩を解除する。店内は明るく広い。
 要するに、スーパーである。忍者はその存在を認知されてはならないため、こうした忍者用の店というのが各地に点在しているのだ。少し前はネット配送を利用している里もあったが、配達員を装った忍に被害をもたらされるケースが増えてきてからというもの、買い物の類は昔ながらの忍スーパーで行うのが一番とされている。
 台所長なんて大仰な役職に就いてはいるが、やっていることは食事当番だった頃と大差ない。余っている食材や食事する人数、時節等を考慮し、本日のメニューを決め、調理する。偉くなって変わったのは作業の多さだけだ。毎日毎日同じことの繰り返し。食事は毎日やってくるわけだからこれといった休日もない。命の危険こそ殆どないが、ひりつくようなスリルも、昇格もない。限られた人を喜ばせ、緩慢に死んでゆく。
 カブが目に入る。これからグッとおいしくなる野菜だ。しかも安い。嫌なことではあるが、何年も店に通ううちにだいたいの物の相場は覚えてしまった。頭が回転を始める。カブと……蔵に新じゃがの余りがまだあったはずだ。セットで安くなっているウインナーもカゴに入れる。

 分かってはいるのだ。自分は外へ出て戦うのなんて望んでいないこと。仲間を縁の下から支える今の役目にやりがいを感じていること。最近気になるくノ一がいて、いつにも増して気合を入れていること。ここのところ、料理の感想をきっかけにちょっといい感じに話せていること。

 遠藤さん、ポトフは好きだろうか。

 レジを通り、食材を布に包み、光学迷彩をオンにして外へ出る。うっかり鼻歌なんか歌いそうになり、慌てて抑える。忍者の基本は隠密行動なのだ。



Copyright © 2014 伊吹ようめい / 編集: 短編