第146期 #13

時の過ぎる街

 時の過ぎる街にいる。それは空間を少しずつ浸食して、すべてのものをことごとく朽ちさせていく。
 電灯の笠が朽ちる。扉の取っ手が朽ちる。足下の床が朽ちる。
 朽ちていく部屋のなか、洗ったばかりの手を眺める。しなびた指。皺だらけの甲。傷だらけの爪。
 そうして、わたしも朽ちていく。
 わたしが婆さんになっても愛してくれる? 幼いわたしの問いに、あなたは笑って頷いた。当然だろ。いくつになっても、きみはきみだよ。
 本当にそう?
 細胞は刻一刻と朽ちていく。わたしから剥がれたわたしの身体だったものは、シャワーの湯にまかれて流れていく。わたしはそれを愛さない。愛することができる人のほうが稀だろう。
 温まった身体(それはまだ「わたし」にはりついている「わたし」そのもの)をバスタオルで覆い、棚に飾っている写真立てを眺める。そこにはわたしから剥がれた「わたし」がいる。わたしはそれを愛さない。
 写真のなかで笑っている「わたし」だったものの横に、あなたがいる。それも当然「あなた」だったもので、あなたから剥がれたあなたの身体の残骸。さらにそれを写したまがいもの。仮にわたしがそれを愛しているとしても、それは「あなた」ではない。
 「あなた」だったころの幼いあなたが問うた。ぼくが爺さんになっても愛してくれる? それで、「わたし」はなんて答えたのだったか。
 写真はすでにセピア色。総天然色の部屋のなかで、わたしも少しずつくすんでいく。朽ちていく。



Copyright © 2014 たなかなつみ / 編集: 短編