第146期 #11

まりこ

 まりこのことをまあとかまあちゃんと呼ぶ。
 別段甘えている訳ではない。まりことかまりとか、とにかくリアンとか莉緒とか里奈とかリカとか凉子などの名前でもそう。悠里や友里や愛梨や樹里やカリンや香里奈でもそう。リアンとか莉緒とか里奈とかリカとか凉子の場合、もうほとんど名前では呼べない。悠里や友里はゆうちゃん。愛梨だとあいちゃん。ここまでは不自然な感じがしない。樹里はジュジュだったり。カリンはかぁ。ちゃん付けだと母ちゃんに聞こえるのでちょっと躊躇する。香里奈の場合もカぁとか。カぉでもいいのだけれどカぉだと香織とか佳織とかぶるのでちょっと考えたりもする。ああちゃんとかあっちゃんでもいけるような気もする。
 とにかく「り」の発音が自身の中でしっくりこない。自身の発音に自身の耳が嫌悪を示すのが分かる。自身の声なのでなおしようもない。むりやり解説すれば、百合子だと「ゆりこ」ではなくて「ゆるぃこ」の発音に近い感覚である。「る」は小さい「る」の音のように上あごに舌が軽く接触する発声。樹里だとじゅるぃ、凉子だとるぃょうこ。れぃょうこも近い音になるけれど、口をすぼめて発声する「る」に対して「れ」は口を開いて発声するから少し違う感じに聞こえる。
 名前の文字の二番目や三番目の「り」の場合、最初の文字から愛称を導き出せば済むことが多い。ただ、リアンとか莉緒とか里奈とかリカとか凉子のように名前の最初の文字が「り」の場合は名前から引用された愛称ではなくて、別な部分から引用された愛称で呼ぶことを望みたい。だからといって、みんながりっちゃん、りっちゃんとよんでいるのに自身だけがそれほど親密でもないのに別な愛称を使うのは何だか不自然である。差し障りのない場合、友達なら名前ではなくて名字で呼ぶ。これは、打ち解けていないのではなくて、自身に嫌悪感を受けることを防ぐための防御の意味での名字呼びなのである。
 名字にも「り」が含まれていて、尚かつ、名前で呼べる間柄でもない場合はやはり「あのさぁ」とか「すいません」とか「ちょっと」になる場合が多い。そんなことを考えているうちに「り」の付く名前とは自然と距離を置くようになってしまった。
 まりこのことを名前で敬遠するのは間違っているとは思う。それでも名前を呼ぶときには一呼吸、自身の中でステップを踏んでいるのが分かる。



Copyright © 2014 岩西 健治 / 編集: 短編