第146期 #10

いただけない彼氏

 徐々に濃く深まっていく秋。街路樹色づき風冷気を帯びる。その折私の彼氏がデートに半袖のシャツで現れた。
「寒くないの?」
「君と一緒にいると寒くない」
 ご冗談でしょう高橋幸一さん。
 世間体を繕うため手間と時間を費やして探した彼氏からそのような言葉を聞けば、帰宅してえんえんと厭世感に溺れながらパンでも捏ねていたくなる。一生。私。男性とはもう口をききませんから。世を捨てますさらば世界。
 私はこの時期にその服装だとまわりに笑われるよと遠巻きに指摘したのであって、あなたからこれ見よがしのへたくそな詩的言辞なんて待ってない。
 私はあなたと一緒にいると恥ずかしい。
 じゃ彼氏を選び直すかと言うとそんな贅沢もできない。
 私は科学者の叔父さんに相談した。
 私と彼氏は脳蓋にドリルで穴を開けて小型の電波受発信デバイスを埋めこんだ。これで二人の意識は通いあう。通いあうというか私が彼氏の行動をコントロールできるようになった。
 これでようやく私たちは二人でひとつ。

 彼氏の行動規範は基本的には過去からの踏襲。私はその行動に対して、遠く離れている時は時折「素朴で」「謙虚に」「冷静に」といった思念を送る。一緒にいる時は具体的に「背筋を伸ばして歩け」「店員にはやさしく」「支払は私がトイレに行っている間に」といった指示を出す。
 快適だった。なんのストレスも感じない。
 けれども不快感がなくなると途端に刺激が薄くなって退屈。苦痛は人生のイノベーションに必要だった。
 これはばいばいするしかないな。彼氏改善計画を練ったが失敗だった。あきらめるより仕方無。人間、手に入れる時に苦労すると手放すのが惜しくなるものだけど、執着こそ身を滅ぼさせしめ。冬になり私は彼氏にばいばいした。
「ばいばい」
 彼氏も素直に別れた。私の指示通りに動いていたから。

 その冬のクリスマスは別の男性とセックスをした。けれども肉まんの裏紙を食べてしまったようなさみしい気分になった。瀬を早み岩にせかるる滝川のわれても末に逢はむとぞ思ふ。いただけない彼氏が恋しくなった。まだデバイスは脳に在中している。どうもなにやら彼氏から送られているのかもしれない。
 私は叔父に相談した。するとデバイスは埋めこんでいないと言う。そもそも私には叔父がいたかどうかさえ怪しい。私は彼氏に連絡した。二年参りに行きませんか高橋幸一さん。
 ということで色々ありましたが私達は結婚します。



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