第145期 #7

朝、七時三十六分、昨日の夜から一緒。

「なにそんなイラついてるの?」
「別に……」男、女の顔も見ずに答える。
「だって、怒った顔じゃん」
「そんなことない」
「うそ」
「ないわぁ」男、車間距離調整のため、ブレーキを踏む。
「うそ」
「……」
「あそっ」女、前を向いたまま。
「……」男、信号で止まる。
「……」
「……」男、青に変わったので発進させる。
「ねぇ、調子悪いの?」女、前を向いたまま。
「全然」
「じゃ、なんで?」女、前を向いたまま。
「しゃべりたくない」
「わたし?」女、男の方を向く。
「口動かすの面倒なだけ」
「なんで?」
「……だからぁ」男、B型は朝機嫌悪いこと知ってほしいと女に思っている。
「ねぇ、好き?」
「スキって?」男、顔が赤くなる。
「……だからぁ」女、本当は分かってるくせに、と思っている。
「……」
「ほら、だんだんそうなったでしょ?」
「何が?」
「なにがって」
「何を?」男は知っているはずなんだけどな。
「わたしのこと」女、十二センチだけ男に近づいた。
「……」
「言えない?」女、あと男に六センチ近づいて、自分の肩を男の肩に静かにぶつけた。
「別に……」
「照れなくてもいいよ」
「うるさい」男、顔が熱くなった。
「うるさく言わなかったら、言ってくれないでしょ」
「うるさく言っても言わない」
「あそっ」女、二十三センチ男から離れて、ガラスの外の世界を向く。もちろん、左手でほおづえをついて。
「けっこう好きカモ」男、女が離れたことで少し落ち込む。
「もう遅い」
「ごめん」
「うそ」
「ほんと?」
「ほんと」女、五センチ男に近づく。
 男はうれしいはずなんだけどな。男はハンドルを持つ左手をサイドブレーキの辺りでひらひらさせて女を誘いたかった。
「そう」
「素直に言えば? でもカモは余計かも」
 だって昨日の夜、男は女とうまく性交渉できなかったんだよ。そりゃ、男も落ち込むわな。相手に相談できないし、その相手と今一緒なんだからさぁ。
「……」
 男も正直なところ、いやマジで、好きって感覚が乏しいんだよ。軽々しく言えないんだよな。うぶだよな。
「ねぇ、コメダあるよ」
「あそこ?」
「うん」
「余裕ある?」
「うん、全然」
「何時からだっけ?」男、ウインカーを出してハンドルを切る。
「九時出勤」
「間に合うでしょ?」
「うん」女、手すりにつかまって、シートに姿勢をずり上げる。



Copyright © 2014 岩西 健治 / 編集: 短編