第145期 #5
君がいなくなってから六年の月日が流れた。それまでは頓着せず過ぎ去った夏の季。
幽玄麗らかに浮遊する積乱雲。際限無く振りかかる蝉時雨。肌を焦がす日射。ありきたりな情景でも、あの夏にはいつも君がいた。それだけで僕にとっては何もかもが違う世界に見えた。
僕は疲れていた。度重なる悪意に牙を向かれ、満身創痍だった。ひとりぼっちだから、いつも孤独と遊んでいた。そんな目隠しをされたような暗闇から、君は捨てられた黒猫を拾うように掬い出してくれた。
森林に囲まれた川を裸足のままで歩いて行く君。白のワンピースから伸びる素足がやけに眩しかった。風に棚びく長い黒髪を耳にかけ、優しく微笑んでくれた。
だけど、晩夏の風と共に君は突然いなくなった。
僕を襲った悪意の目に付いて、君はどこか遠くへ連れ去られてしまった。
また、僕はひとりぼっちになってしまった。
声を枯らして泣いた。鉛を飲み込んだように喉の奥が苦しかった。
あの頃を思い返すと、最後に見た君の笑顔が伽藍堂の心に映しだされて、視界が不明瞭になる。
こうして筆を執っている今も、僕は君を探し続けている。
少し肌寒くなった秋の夕時。窓外に広がる黄昏を眺めながら、影送りのように空へ溶けてしまった君を想う。