第145期 #4

メランコリー

火曜日の二限目
授業を聞きながら、わたしは項垂れていた

「社会の一員として」
「自身が成長するために」

嗚呼、嫌になる
教室を見渡すと、わたしとそう変わらない年齢の生徒達が真面目に前を向いている
わたしだけが、キョロキョロと脇を見ている
将来への道だってきっとそうなのだ
真っ直ぐになりたい職を、将来の夢を見詰めている周りに、わたしは置いて行かれてしまうのだ

きっとそうだ

「会社に入れば会社の代表」
「自分の行動に責任を」
「就職しろ」
「就職しろ」

同じように埋め込まれる思考回路に吐き気がした
「わたし」が矯正されてゆく
周りと同じように
浮かないように
学校が望む最良の形で卒業できるように

怖いと思った


全ての授業を終えてわたしは学校を出た
近くには高いビルがいくつもあって、決して低い訳ではないわたしの学校は埋もれている
わたしも、嫌だ嫌だと抗いながら学校が提示する就職の波に埋もれている
浮上することは不可能だ
きっと不可能だ

だってわたしは怖いんだ
将来を想像してみても、真っ黒に濁った未来しか見えない
明るい未来なんて見えない
いっそ、就活をやめて婚活でもしてみようかなんて甘えたことを考えて、ここで小説を書いていれば救われるんじゃないかなんて思ってる
結局は逃げるしか能のない人間なのだ
わたしには何もない
取柄も何もない

何かが欲しい

学校を見上げていると、涙が出そうになった
早くこの場を離れたかった
そそくさと早足で駅へと急いだけれど、すぐに足を止めて、引き返した
学校を通り過ぎて、ある場所へと急ぐ
高い高いショッピングモールの屋上は、夜になると恋人達で溢れ返るが、生憎今は昼間だ
それも平日の昼間だ
いるのはランチを食べるOLやサラリーマンばかりだった

ベンチに腰掛けて息を吐いた
昼食時をすぎると屋上にいた人は蜘蛛の子をはらうようにどこかへ消えた
この広い世界に、わたししか存在していないような、そんな気がしてくる
気持ちがすうっと楽になって、ふわふわと浮いてしまいそうだった

フェンスに手を添えて下を覗き見てみると、確かに小さな人間らしきモノが交差点を行き交っている
数年後には、わたしもあそこへ仲間入り

「就職しろ」
「フリーターは駄目だ」

年齢不詳の教師の言葉が蘇る
やっぱりわたしは選ばなければならないんだ
今まで体験したことのない苦しみを経て、人生を預ける会社を一つ

就活が本格化するその前に、この世から退散したい

逃げ腰なわたしの独り言を、神様のみが聞いていた



Copyright © 2014 鈴崎幽吏 / 編集: 短編