第145期 #10

エビフライ

 定食屋で昼飯を食っていたら店の大将からチラシを渡された。何だかよく分からないイベントが開催されているらしい。場所はここの二階で、裏の鉄階段から行けるとのこと。不思議に興味をひかれてしまってちょっと見に行くことにした。二階に上がって廊下を進むと、部屋の前に立て札が置いてあり、誰々の講演会と書いてある。中には長机と椅子が並んでいて十数人が入れそうな会場だった。
 一番前の席に坊主頭の男が座っていた。体が細くて面長で黒メガネを掛けている。気が弱くて優しそうな男だ。もう一つの机にはスタッフ腕章をつけたカメラマンがいる。その後ろにはぴっちりTシャツのがっちりした男、その後ろには利発そうな小柄な女が座っていた。スウェーデンカラーのスカーフが目を引く。その女の真横に、通路を挟んで座った。一列空けて坊主頭の後ろの席だ。
 三分ほどしてから、年配の男が入ってきて講壇に立った。日雇い労働者を思わせるくたびれた顔色に人生の苦渋が感じられたが、意外にも早口で流暢に話し始めた。内容は宇宙空間においてわら人形の呪いを掛けるにはどうすればよいか。ポイントはわらが空中に拡散してしまわないように透明な袋に入れておくこと。ただし可視光の透過率には注意を要する。人形自体もふわふわと浮きあがってはいけないので地上で行う以上に怨念を込めて特別な呪文を掛けなければならない。
 質疑応答が始まったとき、身体にいやな感覚が生じた。下りのエレベーターが動き出したときのように急に血の気が引いた。それは気のせいではなくて、動揺しているうちに身体はどんどん軽くなり、靴は地面から離れ、尻はしばらく椅子に接触していたが、それも頭が後方に回転するにつれて別の方向にすべり去っていった。
「おい」
 カミナリのように大きな声が天から降った。突如として再び重力が復活した。二メートル近くも浮かんでいた身体は急に支えを失ったかのように下に引っ張られ、床に叩きつけられる、と。
 がっと顔を上げると、目の前のPCのスクリーンセーバーがまぬけな動きをしていた。先輩が飯を食いに行くぞと言っている。本人同士にしか分からないとげのある声。この先輩からパワハラを受けているのだ。坊主頭の人当たりの良さそうな先輩だが陰湿な本質を隠している。呪いの掛け方。肝心なところを思い出せない。たぶん今ではないのだろう。そういう立場になるまで力を蓄えて待つことを改めて決心した。



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