第144期 #4

白地

 新しい地図にもデリート地帯は描きこまれていた。
 愛知県の某市、家康の住む町を上下に挟んで上部町から下部町に渡る一帯、一万分の一の縮尺でおよそ一センチ幅に白く無地が描かれている。長さは十センチ程である。はじめは印刷ミスかと思ったが、左下の凡例欄に『※白地部分はデリート地帯です』と記載されていたことから、印刷ミスではなく意図的に描かれているものであることを知った。
 タブレットに映し出された地図(折りたたみ式の紙地図とは違う出版社)でもデリート地帯が表示されることを確認する。画面をタッチして白地部分をほぼ最大に拡大したところでブラックが静かに運ばれる。もちろん家康は喫茶店にいる。ブラックのブラウンな気泡がスプンに粘ついて渦を巻く。ブラックの表面には少しオイルが浮いている。拡大した白地の端には季節外れの蚊が舞っている。白地のように均一な視界で顕著になる飛蚊症を家康はあまり気にしてはいない。
「あかん、止まった。再起動サイキドウ」
「はずれ引いたんだわ」
「何でぇ、去年買ったばっかだがね」
 などと、やり取る。友人ビーとである。
 おそるおそる口へと運んだブラックの、想像ほどではなかった熱量に家康の鼓動が奈落に落ちた感覚のように和らぐ。
「でもここって、俺たちの町じゃね」
 再起動させたタブレットを見た家康が、白地をまた拡大して呟いた。
「最新版だからだよ。だからこの町もデリートされたの。広報見とらんのかよ?」
 紙地図をたたみながら、友人ビーが言う。
「なんか当たり前みたいな言い方」
「当たり前だろ。二〇二〇年の国会法案で橋下式デリート法が施行されたから、借金まみれの赤字地区は一旦白地にデリートって。そんなことも知らんのかよ」
「でも、まだ住んでんじゃん。人」
「予測シュミだよ」
「ヨソク趣味?」
「不可思議のシュミレーション。スパコンでしょうが」
「だって家族は? そこに住んでた人たちはどうなるのよ?」
「大丈夫だって。オレだって逃げ遅れて三回デリートされたけど全然何ともないし」
 井の頭三時五十五分にそっくりになっていた友人ビーの顔に家康は別段違和感を感じてはいなかった。
 店内には友人ビーと似た顔が三人もいる。家康が彼らがデリート地区からの移動者だと知るのはまだ先である。



Copyright © 2014 岩西 健治 / 編集: 短編