第143期 #3
白の制服を着た女の子が二人、腕を組み合って道を歩いていた。片方が笑って相手に身を預ければ、もう片方も笑って身を傾けた。校則ぎりぎりに合わした二つの短いスカートが跳ね、声が響く。気付けばこういう女子高校生も少なくなった。
うちを出た女は歩きはじめたが、足はどこへ向かっているのか定かでなかった。鞄を持たずに出歩く女は珍しい。ラッシュは過ぎて、通りの流れも落ち着きを取り戻していた。いつもと違う道を歩いていいと、頭はそれに気付いている。無意識に足は習慣をなぞる。今までも決めていたわけでないのに、毎日同じように歩いていた道。途中、道を渡って反対側の歩道を歩いた。逆の歩道から自分の歩いてきたほうを見た。
いつもと同じ道をなぞったために毎日利用していた駅に着いた。足に任せて向かえばここかと、幾らか女は自分にがっかりした。今日は定期券を持っていなかった。行きたい先もない。改札の前を通り過ぎて、奥の出口から外に出た。
小さな商店街、この街に引っ越してきてから、こちらにはあまり来たことがなかった。左手には赤いくすんだ提灯の居酒屋が、右手には開店前の小さなパチンコ屋があった。夜の遅い店はどこもまだ眠っていた。左手奥の八百屋が軒先に野菜を並べていたが、人の姿は見えなかった。朝の家事をやっつけて、急ぎ足でおそらく電車に乗ってパートに向かうおばさんが駅のほうへ歩いていった。両脇に並ぶくすんだ店。少し左へ蛇行しつつ、駅へと向かう一本道のシャッター街が、川の姿に重なった。
ペルシャ湾に注ぐユーフラテス川、始まりはメソポタミアから起きた、川沿いに並ぶ古い営み――。
――自分の頭のどこからこんな言葉は浮かんできたのだろう。いつもと違うところに足を踏み込んだためか。女は自分のらしくない思考を不思議に思った。
先に見える黒壁の店のドアが鳴って開いた。深い皺の顔の女で、櫛を通していない金色の髪をカチューシャで押さえ、体には長く着た黒のドレス、薄い唇に煙草を挟んでいた。両手で持ち上げた、白地に黒の大きく店の名前の書かれた内側の光る看板を出し、そして営みをなぞるようにして箒で塵を掃き始めた。自分と違うところに生きてきた女だった。嫌悪感は抱かなかった。おそらく自分の母親と同じ年頃だ。
商店街の真ん中に立ったまま、周りを見た。その女の他は何も動いていなかった。遠くのほうでホームの電車の出発を告げる音が鳴っていた。