第143期 #2

病室の植木鉢

「この花、萎れてしまったわね」と母が、テレビの横に置いてある紫色の桔梗を見て言った。母の手には林檎。剥かれた皮は、螺旋を描きながらゴミ箱へとつながっている。

「水は毎日替えてたよ」と私は口を尖らせて言った。

「じゃあ、明後日、新しいの買ってくるわ。何がいい? 」と母は聞いた。
 母が買ってきてくれたアロエヨーグルトを見て、私はアロエが欲しいと言った。

 我ながら馬鹿だと、母が帰ってから後悔した。

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 2日後、母はアロエの植えられた鉢を持って、見舞いに来た。

「鉢は、本当は良くないのだけれどね」と母は申し訳なさそうに言った。

「ありがとう。これ、切って食べたら美味しいのかな? 」と私は用意していた言葉を言った。母がアロエを買ってくると、私は確信していた。

「ごめんね。食べれるのは別の品種なの。鑑賞用のしか売っていなかったの」と母は言った。母は、アロエヨーグルトを見て、私がアロエを欲しがったということを承知していたのだろう。

「ふーん。残念。でも食べちゃうのはもったいないしね。そうだ、退院したら一緒にどこかへ植えに行こうよ」と私は言った。母と私が暮らしていた、陽当たりのないアパートではこれを育てられないだろう。

「そうしましょうね」と母は言った後、「ごめんね。今日はまだ仕事の途中なの。もう行かなければならないわ」とだけ口早に言って、病室を出て行った。きつい事言った。ごめんなさい、お母さん。

 母が病室から出て行ってすぐ、向かいのベッドから「見舞いに根付くもの持って来るなんて、お前の母さん、非常識だな」という声がした。先日、バイク事故で足を骨折して入院したとかいう金髪の人だ。看護師さんに何度注意されても、ピアスを付けたがる変な人。

 非常識はお前だ。何が「付けてないと、塞がっちまうんだよ」よ。耳を塞ぐとかの前に、骨をつなげてさっさと退院してよ。

 私は、ベッドのカーテンを閉め、彼が視界に入らないようにした。

「おい。母が母なら、娘も娘だな」という声が聞こえたけど、無視。

 父と離婚してから、ずっと仕事で朝から夜まで働いていた母が、私が熱中症で倒れただけで、頻繁に見舞いに来るなんておかしいじゃない。夏休みも入院して安静にしていようねって言う、お医者さんの説明も変。母は今、きっとどこかで泣いている。私の病気は治らない。入院しながらでも私に生きていて欲しいっていうことだよね。そういうことだよね、お母さん。



Copyright © 2014 池田 瑛 / 編集: 短編