第142期 #8

故郷

 故郷と書いて「こきょう」と読む。そんなの小学生だって知っている。
 でもわたしには、故郷と言うものはない。でも「ふるさと」ならあるよ。
 学校の友だちの殆んどは夏休みになると一度は自分の実家に帰る。それは、まさに故郷に帰る事に他ならない訳だけど、わたしにはそう言った意味での故郷は無いんだ。
 だって、わたしが住んでるのは生まれた街だから……
 そりゃあ病院で生まれ産み落とされた瞬間からこの街に居る訳だけど。母親が退院して来てからも、ずっとこの街で暮らしてる。
 生憎と母親も近所の生まれで、父親も代々この街育ち。だから帰る故郷なんてわたしには無い。
 でも……年に数日、この街が自分の「ふるさと」になる日がある。それは、夏の月遅れの盂蘭盆会の時期、それに年末年始。
 この数日間だけは、人がいなくなり。街は静かさを取り戻す。車の通行も、通勤の電車も空いていて、実に快適になる。
 車なんかだと、普段は移動に小一時間掛かる場所でもこの時期は15分で済むぐらいだ。空気は澄んで、人の通りも少なくなるが、これぐらいが実に快適だと理解すると、ここがわたしの「ふるさと」だと実感出来るのだ。
 わたしは、この街が好き。この街で生まれて、育って暮らして来た。良くメデイア等で、「ここは仕事の為だけの街」とか「人が冷たい」とか言うけど、それみんな、あなた達の事だから……この街の本当の人間はそんな事言わないよ。だって心の底からこの街が好きだから。
 だからね、この街で役目を終えた人は帰って欲しいんだ。居たくない場所に居るのは苦痛でしょ?
 仕事を終えたら帰りなよ。ここはわたし達の街なんだ。少しの間、あなた達に貸してあげただけ。だから、返してね。それが願い……

 それが出来ないなら、少しでもこの街を愛して……そして、この街の良い所を理解して欲しい。
 ここが天国などとは思っていないけど、「住めば都」と言う言葉もある通り、そんな悪い場所じゃ無いよ。
 それは、わたしが保証する……え? お前に言われたく無いって……
 じゃあ、この街の悪口だけは言わないで……お願い……
 悪口を言われたら、きっとこの街は悲しむと思うんだ。だから……ね……

 わたしはこの街が好き。きっとこの街を旅行以外で出る事は無いと思うけど、何処に居てもこの街の事を思うし、忘れない。
 忘れる事は無い……だって、わたしの「ふるさと」だから……



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