第142期 #6

手向け

俺はいつも親の顔色を伺っている子どもだった。
親が途轍もなく怖くて嫌いだった。でも愛していたし、愛されたかった。
その矛盾した感情で潰れてしまいそうだった。
そんな俺を気にかけてくれた唯一の人はミカ先生だった。
「リュウくん、お母さんが来るまで先生と一緒に遊んでよっか」
先生の微笑みは俺に親の迎えを心待ちにさせながらも、永遠に来なければいいと思わせた。
どんな顔だったのかもよく覚えていないから、写真を見せられても首を傾げるかもしれない。
そう思っていた。彼女と再会するまでは。彼女の遺体と再会するまでは。
彼女は俺が小学三年生の時に死んだ。
呼ばれたのは俺ではない。
俺が生まれて保育士の仕事をやめた母親だった。
厳しい母親が俺が生まれるまで保育士だったということは驚くべきことだ。しかし似合わないとも思えないのが不思議なところだ。
「若いのに可哀想」
「よく原因はわからないんですって、怖いわよね」
人の死よりも人々の顔、吐息。それが凄く嫌な感じがした。
彼女には両親がいなかったらしい。彼女の葬式では誰も泣かなかった。僕も泣かなかった。
だけど棺が開けられて彼女の顔が見えたとき、僕は心の中で彼女に囁いた。
あなたが僕を気にかけてくれていたのは、先輩であった母への恐れによるものだった。例えあなたがそう思っていなくても。でも僕はあなたが好きだった。僕とあなたは何かが少し似ている気がするから。
僕は黙って微笑む彼女の首の辺りに、そっと花弁の束で触れた。



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