第142期 #5
「類い希な武具があると聞いて来た。噂は本当か?」
漢は店内に入ると豪快に尋ねた。体躯逞しく如何にも武威が迸る姿である。
奥から首飾を付けた店主が現れた。
「本当ですとも。ご覧になられますか?」
「見せてもらおう。俺は楚軍で千人隊長をしているが武具を新調したい」
「少々お待ちを」
楚の都、郢。郢の繁華街近傍にこの武具店はあった。名を麒麟堂と言う。
漢は店内に並ぶ武具を眺めて待った。店主が戻る。手には古めかしい矛と盾。
「此方がその武具で御座います。この矛はあらゆる盾を貫き、盾はあらゆる矛を防ぎます」
矛には応龍の装飾、盾には霊亀が描かれている。漢は矛と盾を見比べ思案、数瞬後ニヤついた。
「ではその矛でその盾を突いたらどうだ? 主の説明では道理に合わんから金は払えん」
青銅の貝貨を取出した漢は貝貨を宙へ弾き、落下中に掌で掴む。得意顔で漢は話し続けた。
「先日も露天商が同じ文句で武具を売ろうとしていたが、客に責められていた。主も同類ではないのか」
店主が安穏な声で答える。
「私の武具と一緒にされては困ります。では店終い後に矛と盾を打ち合わせてみせましょう。貴方のお力も拝借したい」
「面白い。だが謀ったら只では置かんぞ」
*
鴉が鳴く夕刻。麒麟堂裏手の空地に二人の男が集った。
中央に店主。右方には矛を持った漢。盾を持つのは木と藁で出来た人形。
漢は矛を一振りする。手慣れた動作。刺突の構えを取る。
漢は気合の声を上げた。
駆け出す。全力で踏み込む。
剛腕から繰り出された矛先が蜂の如く盾を突く。
矛先が盾の表面に刺さり柄が撓ると、そのまま矛が盾を貫いた。
刹那、矛が押し返された。穴の空いた盾が復元していく。
漢は操り人形の様に後ろ歩きで元の位置へ戻った。
鴉が鳴く夕刻。空地に二人の男が立っていた。一人は矛を持ち声を上げ、人形が持つ盾を突く。
鴉が鳴く夕刻。矛を持つ男が人形の盾を突こうと構えた。それを眺めるもう一人の男。男は鳳凰の装飾が施された首飾を摩った。
鴉が鳴く夕刻。矛が盾を貫く。盾は貫かれた事実を無にする。
鴉が鳴く夕刻。矛と盾の存在を両立させる為、永久に時が繰り返す。
一つの世界が壊れた。
◆
別世界の麒麟堂に客が訪れた。
客は鳳凰の首飾に興味を持ち、店主に尋ねていた。
「私の御守りみたいな物です。これだけは売り物ではないのですよ」
店主が破顔した。