第141期 #9

素麺

 衣替の季節になり半袖が心地よくなると、暑さが顔を覗かせる。夏の太陽のお出ましだ。 その頃になると、母は良くお昼に素麺を茹でてくれた。大きな鍋にお湯を沸かして、色とりどりの素麺を茹でて、竹で編んだザルに山盛りによそってくれたけ。
 わたしや弟は、その中の青や赤や緑の色の素麺をお互いに取られない様に真っ先に食べてから残りの白いのを食べたものだ。色のついたのを何本食べたか何時も自慢しあっていた。
「姉ちゃんはずるい!」
「どうしてよ?」
「だって、それ俺が狙っていた奴だったのに!」
「ぼやぼやしてるのが悪いんでしょう」
 弟と何時も言い合いをしていたっけ。この時期になると思い出す。それも昨日の様に……

 子供のうちは葱が辛いから嫌いだった。本当に嫌いで、母が勝手に入れてしまうと、半べそを掻きながらひとつずつ箸で摘んで取り出していたっけ……それが、いつの間にか好きになって、今では自分の娘にも入れている。歴史は繰り返すだね。
 娘はやはり頬を膨らませながら取り出している。その姿が可笑しい。
 あの頃、豪華な玉子焼きも胡瓜もさくらんぼも無かったけれど、楽しくて、そして美味しかった……夏になると思い出す。
 残って茹で過ぎた素麺は夕食に形を変えて出て来た。焼きそばもどきだったり、ミートソースもどきだったり、その変身した”もどき”をウンザリしながらも食べていた。
 きっと我が家の夏の風物詩になっていたのだろう。

 今年も夏が来る……弟の新盆には素麺を茹でてあげようと想った。
 いっぱい食べるんだよ……



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