第141期 #8
今日が土曜日なのか日曜日なのかさえ曖昧な、僕の眼の前で俄然はりきっている彼女がいる。近所に住むいとこ姉さんだ。風邪をこじらせた僕を母に頼まれ看病しにきたのだ。両親は一ヶ月前から予約してあった、京都旅行に出かけていて帰りは夜半になる。
死因にはどうやらみそ汁が、関係しているらしいのだがアスファルトに染み込んだ体液を盛んに洗浄する、民間業者は遺体を移動させる際も顔色ひとつ変えなかった。それにしても迷惑な。自宅前なんかで、何故に人の死ぬのか。小説家は自己模倣を繰り返して、自身でも、うんざりしているんだ。これじゃマスターベーションにもなりゃしない。少しでも紛らわせようとファブリーズに、頼ってみても解決には、ならないなんて承知の上だ。それでも、明日が月曜日であるのを認識しているのだから、今日は日曜日なのである。頭では分かっている。けれど、実感として土曜日なのか日曜日なのかが分からないのであって、自分はどうかしてしまった。
今、僕はうわごとを言っている。頭の中では民間業者がせっせと遺体のあった場所を洗浄している。マスターベーションのように自己模倣を繰り返している小説家は、両手にファブリーズのボトルを握りしめているが、これが現実ではないことは承知である。それでも、もう少しこの世界に浸っていたいと錯覚して。あぁ、全身が痺れた感覚に浸る。ぬるま湯に沈められて、息苦しさを覚えて、それでもまだ、ここちのいい感覚に近い。白いもやが消え、顔を覆っていたものが離れ、顔に吐息がかかる。
「ねぇ、キスしたことある?」
彼女は三歳上なだけで、随分と大人ぶった態度で言った。目をつぶってはいたが、遠ざかる彼女を感じて。大人ぶる歳の差でもないのに、十六に十九はまぶしく映る。
「うっせーなぁ」
「少し下がったみたいね、おかゆ作るから待ってて」
彼女の直球を受ける度量が僕にはなかった。乱暴な言葉でしか愛情を表現できないのは熱のせいではない。温かくて、包まれて。痛がゆい感情が右耳をよぎり、眠気が襲う。
それから、おかゆの入った器を持ってきた二人の、民間業者の顔は京都にいる両親そのものだった。
「また、ぶりかえしちゃったかしら」
額に手を当てている声は確かにいとこ姉さんなのだが、うまく認識できていない。これは熱のせいである。