第141期 #10

マンスリーレイクジェネレータ

私、水素は3姉妹の末っ子だった。長女はトリチウム、次女はジューテリウムという。
 母親は私をジェーヌ、長女をトリ―、次女をジュードと呼び三人をかわいがった。
長女は成長すると目鼻の整った美人に育ったが、外面だけ良い家庭内暴君であったため、J×2は我が家で窮屈な思いを強いられた。
 母親はそんな長女をしかったが、復職した仕事が夜勤続きで朝は3人のお弁当を作ってからすぐに眠ってしまう生活だったため良く目が届いていたとは言いがたかった。
 ジューが泣きはらした顔で帰って来てトリ―のお小遣いをサイフから取られたと訴えた日、話を聞いてみて本当らしいと悟ると、母親は工場に欠勤の連絡を入れて玄関で待ち構え、帰って来たトリーの顔を左手に持ったスリッパでひっぱたいた。工場に行くために用意していた安全靴じゃなかったのは優しさで、トイレのスリッパの底で叩いたのは愛だった。トリーは驚きと悲しみで、数日大人しくなった。
 そういうことも稀にあったが、Tの横暴は主に物を投げつける形で発現した。Jのどちらかがテレビを見ていて、Tが突然リモコンを奪い別に自分も見たくないチャンネルに変えてしまう。ここで少しでも嫌な顔をしたりすると、「はあ? なんか文句あんの? そんなにリモコンが欲しいのかっ、よ」 とかいいつつ喰い気味に全力で自分の靴をJに向かって投げつけてくる。後に私は、『お前は著しく不合理である』ということを伝えたが、姉は「は? は?」といって取り合わず夫を投げつけてきた。
 ジューは長女に抑圧された影響か、少し精神の不安定な少女として育った。普段家では友達の様に私と接したが家の外では極端な人見知りで、周りからは大人しい子と認識されていた。しかし、たまに外で嫌なことがあって家に帰ってくると豹変し、私と、姉にすら些細なことで突っかかって罵詈雑言をまき散らし、指定騒音公害のような有様になった。
 而して必然的に、トリーが投げつけるあらゆる物を素早くよけ続けながら「はあ、しか言えねえのかよアホ、どこ見て投げてんだデカ女、カキでも食ってろや猿」「はあ? はあ? はぁ、はぁ……」という状況が出現した。
 私はいつも疲れて帰る母親が可哀想だった、のではなく、この破滅的状況を彼女に悟らせてしまうのが怖くて、トリーが投げつける物をキャッチするかワンバンデで拾うことに専念する事となった。今となってはトリーの物は全て私の物である。



Copyright © 2014 藤舟 / 編集: 短編